1話「想定外の婚約破棄」
その日は突然やって来た。
「アイリス、悪いがもう君とは歩めないこととなった」
お互いそこそこ資産のある家の出だった、私アイリスと彼ウェッジ。
育った環境が似ていることもあって、私たちはそこそこ互いを理解していた。そして仲も悪くはなかった。
だが、婚約して数ヶ月が経ち、いつからかウェッジの心は遠ざかっていっていることを感じていて――その果てに告げられてしまったのだ。
「婚約は、破棄する」
今まさにこの瞬間、彼の口から私たちの関係を終わりへと向かわせる言葉が放たれた。
ちなみに、場所は彼の自室である。
「というのも、アイリス、君より魅力的な女性に出会ってしまったんだ」
「え……」
「だから君とはおしまいにすることにした」
「な、何よそれ、どういう」
困惑していると。
「紹介しようじゃないか。――入っていいよ! モルフィア!」
彼が言うと同時に扉が開いた。
そして一人の若い女性が室内へ足を進めてくる。
「初めまして、貴女が……アイリスさんですね」
長い金髪、アーモンドのような目、澄んだ宝玉みたいな青っぽい瞳――お人形さんみたいな容姿の持ち主だ。
彼女は私の真横を通り過ぎ、ウェッジの傍へ寄った。
まるでそれが当たり前であるかのように。
「紹介しよう、彼女はモルフィア。僕が誰よりも愛している女性だ」
「ごめんなさいね? 婚約者さん、こんなことになってしまって。でも……仕方がないんです。だって、わたしたち、運命の人ですから。たとえ邪魔者がいたとしても……それでも、強く、愛し合っているんです」
柔らかく微笑み、モルフィアは「ごめんなさいね、魅力的で」と小さく呟いた。
「なるほど、そういうことね。彼女とくっつきたいから私とは終わりにする、と」
「ああ、そういうことだ」
「そう……残念だわウェッジ、貴方がこんなことをする人だったなんて」
婚約とは契約だ。
それを正当な理由もなく一方的に破棄するなんてまともなこととは言えない。
でも、きっと彼は恋の魔法にかかっていて、彼女のことしか見えていないのだろう。
だとしたら私が何を言っても無駄なのかもしれない。
「何とでも言えばいいさ。真実の愛のためなら少々侮辱されたって気にならない」
するとモルフィアがてててと近づいてきて。
「負け惜しみはかっこ悪いですよ? ふふっ」
そんなことを耳打ちしてきた。
「何を言って……」
「ふふ、じゃ、ウェッジ様はいただきますから」
彼女は明らかに私に敵意を持っているようだった。
「アイリス、いつまでそこにいるつもりなんだ?」
「え」
「婚約破棄された女はさっさと出ていけよ」
「……そうね、出ていくわ」
「遅いんだよ。これからモルフィアと楽しく過ごすってのに」
ウェッジが放つ言葉はどこまでも心なくて。
それこそ、言われた方の胸を貫き流血させるようなものだった。