第九話「声」
溶け込むような何かが、脳に重く沈んでいるような感覚。不完全な夢を見ているような、はたまた遠くの景色を俯瞰しているかのような……現実と非現実、水の中と空気の微妙に溶けたような。少なくとも、私の拙い語彙力では言い表しようがない場所にいる。
(ああ、またか)
はっきりとした記憶が、私が何をしたのかが流れ込んでくる。私はモアを助けるため、『陸王』アギ・アガリウスを倒すために『竜の心臓』を起動したのだ。結果は大勝利……いや、当然か。出来損ないの《竜》である『竜骸』が、神髄たる《竜》に敵う筈がないのだ。
ふわふわした思考を巡らせているうちに、いつも通りの走馬灯を見る。ほら、遠くから父さんが近づいてきて……あれ、父さんじゃ、無い? いつもは『目覚める』と父さんと稽古をしているのに、何だこれは……知らない。この記憶を、私は持っていない、経験していない。
『ヒスイ、ヒスイ……とっても可愛い、私の天使様』
誰かが私に笑ってる。誰だろう、知ってるよこの人。でも、顔が良く見えない……もっと近づいてくれれば、見えそうなんだけどなぁ。――願いは通じた。安らかな顔が近づいてきて、私のほっぺにキスをしてきた。おでことおでこがくっついて、何とも言えないくすぐったさを感じる。
『あの人みたいに強くて、私なんかより綺麗になったね。もう、背負わなくていい……戦わなくていい。あなたはただの女の子、自分で決めたやりたいことを、やりたいようにやっていい権利があるの』
――だから。嗚咽が不快なノイズとして鼓膜を震わし、その人は私を強く抱きしめてきた。
『これ以上あの人に、私に……くだらない他人の争いに押し付けられないで』
その言葉を最後に、私は父さんに引っ張られていった。あの人は走るけど、当然追いつけやしない……私は何かをその人に言おうとしたけど、後ろからの手に塞がれてしまった。
かくして、私はいつも通りの夢を見ることになる。ただひたすらに父さんに稽古を付けられ続ける時間、一刻も早く目覚めなければいけない私を、夢から追い出すために流れる記憶……私にとっての、脳味噌が焼き切れるほどの悪夢であった。
叩かれて。
転ばされて。
また殴られて。
戦い続けるんだと言われて。
あの人はたぶん私の事を見ていない。
あの人が求めていたのは『妻の仇を討ってくれる誰か』であり、娘ではない。
あの人は私を見限った、面倒な『竜の心臓』を抱えた私を、あの村に閉じ込めて。
殴られて、殴られて。
褒められたことなんて無いと思うし、まともに目を合わせた事も無い。
殴られて、殴られて。
結局、一度も――。
(頭を撫でられたこと、無かったなぁ)
あっ、起きた。自分で自分の目覚めを自覚する。
今日も頭の中で、父親は私に囁いてくる。
『《神》を殺せ、新たな《竜》になれ……もっと『竜の心臓』を使え!』