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第八話「起動せよ、我が心臓」

「見えて来た!」


 ようやく馬からスカイダイビングを止めてくれたモア、そして「やれやれだ」と言わんばかりに呆れた鼻息を吹きまくるシルバー。何となく賑やかな感じではあるが、まだ油断は禁物……これから私は再び戦うのである。ジークの弔い合戦、いや別に死んでないとは思うが、最悪のケースも考えておかねば……ん? 何だあの煙は。


「何でしょうか……ヒスイの協力者さんが戦ったんですかね?」

「それにしては煙が大きいね。一体何が……」


 その時だった。こちらに聳え立つ大きな壁に亀裂が入り、歪み……粉塵と共に大きく砕け散ったのは。


「!?」

「ヒスイ! 右です!」


 咄嗟に私は手綱を右へ。ヒィイイン! シルバーの苦しそうな声と同時に視界がぐるりと一転……振り返りざまに私は見た、その姿を。あの巨大な壁を破壊した、決して巨大ではない何かの正体を。――それは『竜骸』だった、しかも、かなりヤバイ。


「アギ、アガリウス……!? 何でこんなところに……モア、あいつには悪いけど逃げよう! 負ける気はないけど、流石にモアを守りながら戦うのは無理!」

「さっきから名前を出してませんけど、協力者さんって誰の事ですか⁉」

「今それ聞く!?」

「聞きますよ答えてください!」


 ああもう! 私は手綱を引き、シルバーを走らせながら手短に答えた。協力者の名前はジークだと言う事、彼は何故かこの『バルムンク王国』に入りたいと言っていたこと、お互いの利益の為に協力したこと。――そして彼が、殿を務めてくれたこと。


「……戻って」

「えっ? ちょっと、モア! 何してんの危ない!」


 後ろから、モアが手綱を奪おうとしてきた。思わずシルバーを止めなければいけなくなった……後ろの『陸王』を気にしながら、私は少し強めに言い放った。


「死にたいの!? ねぇどうしたの……急に血相変えて!」

「ジーク、ジーク! 約束したんです、彼と……リンゴの木の下で会うって!」


 一旦、力が緩む。尋常じゃない様子に疑問を覚え、私は少し離れた所にシルバーを走らせてから、彼女の話を聞いた。


「地上に来たのは、一度ではないんです」

「え……?」


 モアは、何かを懐かしむように語り始めた。前にもこの『バルムンク王国』に呼び出されたことがあり、そこでジークに出会った事。彼は元々腕のいいハンターだったが、モアを助けるために一緒に逃げてくれたこと。そして捕まって、ジークは半殺しにされて、モアは最終的に『竜骸』に……。そして、もしもまた会えるなら。一緒に食べたリンゴの木の下で、また会いましょう、って……。


「まだ、お礼が言えてないんです」


 不甲斐なさ、やるせなさ、何度も頼ってばっかりの自分への追及……それらを全てひっくるめて、モアは頭を下げて来た。


「お願いします、ヒスイ。私を助けたみたいに……ジークを」

「あーもう! 分かった分かった!」


 そんな必死な目を、私以外に向けた目をこれ以上向けてこないでくれ。私は槍を担ぎ、立ち上がり……遠くで暴れる、空気の読めない暴れ竜を睨みつける。


「協力してあげる。でも、アイツと戦いながら探すのは無理! だからモア、実際に助けるのは君だよ。――今度は君が、王子様を助けるんだよ!」


 そう言って、私は跳ぶ。油断などできない、することなど許されない……いいやそれよりする気はない、してやるもんか。この、マジで、本当に――!


「八つ当たりだッ、クソッタレぇぇええっ!」


 向かってくる剣脚、鋭く速い尻尾……それら全てを弾き飛ばし、切り裂き……懐に潜り込む!

 しかし腕の盾に防がれ……攻撃、防御。攻撃! 防御! 何度も何度も繰り返される攻防の中、私は自分の沸き上がる独占欲を、目の前の化け物に対しての怒りとしてぶつけ続けた。――空には遠くを見据える、心苦し気な天使が羽ばたいていた。















 体の傷は塞がっている。時間が経ったからだろうか……想像を絶する痛みがショートカットできたのは実に嬉しい事ではある。しかし、今の状況を知らねばならない。ヒスイは天使を助けられたのか? 敵はあとどれだけいる? それより、ここは何処なんだ?


「……」


 目を開けると、空が見えた。起き上がって辺りを見渡すと、そこには半壊した『バルムンク王国』の壁が見えた。何があった? 本当に、俺が寝ている間に何があったんだ? ――手を動かすと何かに当たる。そこには、見覚えのある剣が一振り。思わず身構え、後ずさりして転がる。


「おう、起きたか」


 背後からの声、そこには手練れが座り込んでいた。黒いマントの上からでも分かる……白髪の生えた老骨にそぐわない、屈強な体つき。間違いなくそんじょそこらのハンターでは出せない気迫、圧倒的存在感。俺は思わず、懐の『バルムンク』にでさえ手を伸ばしてしまっていた。


「お互い大変だよなぁ、クソみてぇな奴にあれやれこれやれ……俺たちは玩具じゃねぇっつの」

「……」

「おいおい、命の恩人にそんな顔すんなよ。俺が助けてなきゃ、お前死んでたぞ?」


 そんな事は百も承知だ。だが何が目的だ? これほどの男が、ただの《神》のおもちゃである俺に、何を目的に、何をしに来たんだ?


「まぁ、俺が助けるのは此処までだ。あとは逃げようが戦おうが、好きにしな……だが、その剣がお前に失望するようなことはしてくれるなよ?」

「あんた、名前はなんて言うんだ? いいや敢えて聞くだけだがな、大英雄……お前が来たってことは、『冬』が来たってことなんだな? そういう事なんだな?」


 ――さぁね。ただその一言を捨て台詞に、そいつは顎をさすりながら空を見上げた。「名乗る程のもんじゃねぇんだが、まぁしいて言うとするのならなぁ」。吟味し、もったいぶり、やっぱりにんまりと笑ってから……そいつは俺にこう名乗った。


「『通りすがりのつよつよクソジジイ』、だな」


 直後、爆発と見まごう爆風が吹き荒れる。目をやられ、肺をやられ……苦しい。むせて目を擦って、散々苦しんだ後に目を開けると、そこには誰も居なかった。


「……」


 俺は、再び立ち上がらなければいけないのだろう。それはきっと、クソッタレの《神》のお遊戯であり懇願である。それはきっと、いまあそこで戦っている彼女を助けなければいけないという使命感である。――それはきっと、モアを守り切れなかった自分への、罰のような物なのだろう。


「……なんかよくわかんないけど、お前も大変だよな」


 握りしめた黄金の剣は、まるで呼応するかのように光り輝いていた。地の底から、力と言う力が沸き上がってくるような気がする。この剣の力についていけるか分からないが、やれるところまではやろうと思った。――『冬』が来た、滅びの前の『冬』が。ならば備えるべきだ、いずれ来る滅びをやり過ごせるように。


 それが俺たち『使徒』の役目であり、《神》から受けた呪いである限り。












 随分とアクロバティックな攻防が、かれこれ数分続いている。

 人と『竜骸』の戦いがこれほど長引いたことなど聞いたことが無い。それ以上に舐めすぎていた……あのゴリラとの戦いで少なからず消耗しているのに、『陸王』と正面からぶつかる羽目になるとは。選んだのは自分であるだけに、舌打ちすることさえ憚られる。


「ッはぁあああああああ!」


 踏み込み、跳び、そして穿つ! ……しかし当然の如く両腕の盾で防がれる。空中で身動きが取れなくなれば、剣脚による蹴り上げがやって来る。風圧でさえも驚異のこの一撃を交わし続けられたのは、それ以上の範囲と威力の攻撃を連打してくる父親との特訓があったからこその芸当であった。


「はぁ……はぁ」


 それでも、体力は尽きかけていた。如何に『竜の心臓』を胸に宿しているとしても、まだ使った事はあまり無い。出力にして今はおよそ0%……最も、これを使うことはできない。何故なら体が追い付かず、体の『竜化』が進んでしまうからである。だいぶ前に危ない所まで行き、ジグルドにぶん殴って止めてもらったことをよく覚えている。


(モアだっているんだもん。この出力のまま、こいつをぶっ殺す……!)


 不可能ではない筈だった。大抵の辛い事や試練は根性による瘦せ我慢で乗り切る事ができると教わった……酸素が足りないなら吸えばいい。体温を上げ、効率的な呼吸法を意識し、最小限の動きで最大限の動きで圧倒する! たかが『竜骸』、最初にして最後の《竜》に比べれば、それを倒したジグルドに比べれば、泣き叫ぶ赤ん坊の様に可愛く見える!


「―――ギガァアアアアッッヅヅッ」


 巨体が飛び、太陽の光を遮る。光を喰らったかのように思われた陸の王は、先ほど私がいた地面に尻尾を叩きつけた。


(あっちがゴリラなら、こっちはバスターゴリラかよ……!)


 そして即座に接近、攻撃! まるで格闘家のように軽やか且つ強力な攻撃の連続。槍一本で受けきる事は至難ではあったが、何度か受ければパターンは見えてくる。右の足、次は左で防御……尻尾の威嚇で誘ったら、次は――。


(――バスターでんぐり返しっ!)


 私が勝手に名付けたその技は、見事に外れた。すぐに反撃するべく面を上げたが、獲物が完璧に視界から消えていたため奴は気づいていない……私は、完全に背後を取る事ができていた。隙だらけの外骨格、その合間にかすかに見える急所……『竜骸』の心臓部、『核』! これを破壊されれば、如何なる『竜骸』でも絶体に絶命する!


「――ウぉォおおおああああっ!」

「――!!」


 油断していた、馬鹿野郎! 変化した尻尾の不意打ちを槍の柄で受けれたが、地面に叩き落とされる。背中が地面に叩きつけられ、余りよろしくない痛み……少量の血を、口から垂らす結果となった。それでも追撃は止まらない。槍を手放していなかったのが幸いし、続く連撃は防戦一方であった。――形成逆転。乱れた呼吸と足腰の運びのまま、体格差による暴力が始まった。


 盾での押し出しゴリ押しのラッシュ、それが終われば剣脚による攻撃……所々背後を襲う尻尾にも注意せねばならず、ギリギリのギリギリで被弾しないだけであった。勘で避けている場面が数えきれないほどあり、掠り傷まみれの腕や足は、だんだんと出血が重なってきているのが分かった。


(やっぱり、強い――!)


 文字通り腐っても『陸王』。攻撃のやり方が徹底されており、隙一つ無い。体制を整えてから戦っていれば勝てたかもしれない……いいやそんな言い訳を、こんな無様な防戦をしている自分が言うべきではない。父ならば、ジグルドであれば一撃であったであろう相手なのに。


 ――ぐらり、足元に変な浮遊を覚える。見ればそこには微妙な段差があり、私は地面を踏み外していた。無論その隙を逃す訳も無く、私の側面に拳が突っ込んできた。


「がァッ……」


 勢い良く吹っ飛ばされ、手から槍も離れて飛ぶ。私の体は壁に叩きつけられ、今度こそ体の中がメタメタになる。血反吐がまるで魔法を使ったかのように飛び出る。――目の前には、こちらに迫って来る『陸王』の姿。


(……モア)


 立ち上がる事もできないこの状況で、願うのはただそれだけだった……無力な彼女が、尊敬するべき勇気を以てここに来ることは、絶対に在ってはいけない事だった。天使だから強いと言うのは時代遅れな考え……今の『竜骸』は、それ以上に強すぎるのだ。


 ――ィ。


 ……止めてくれ、来るな。


「ヒスイ――!」


 甲高い声の方を向くと、そこには風を裂くモアがいた。翼を大きく広げ、真っすぐに『陸王』に突っ込んでいく。天と地、何とも神秘的な構図において、先に仕掛けたのはモアだった。右と左の掌には光の玉……いいや、束が握られている! 片方は光の長い棒。もう一つを引っ掻けて引っ張る……その姿はまるで、矢をつがえるハンターの如く! 放たれた矢はまず弾かれた。しかし。


「――!?」

(なんて威力! 矢一発だけで、腕の盾を砕いた!)


 威力は申し分なかった。しかし、数が足りない! こうしている間にも尻尾は変化している……逃げろ、逃げなければ……逃げて――!


「――!!!」


 尻尾の形はまるで機関銃であった。二丁の機関銃を称える尻尾から、そのまま無数の弾丸が空へ! 天使の機動力をも上回る弾丸の数々……モアはすぐさま飛行を始め、横へ上へと急降下……縦横無尽に飛び回る!


「にげ、て」

「――っ!!」


 だが、天使にも限界はあった。弾丸のうち一発が、モアの翼を撃ち抜いた! 続けて三、四発と、続けて無数の弾丸が細い体を貫いていく。叫ぶことも、走り出すことも許されず……『竜骸』の大顎は、落ちてくるモアを喰らおうと開かれていく。


(動け! 動け! 動け……動いてお願い動いて!)


 丸腰だろうが構わない。動けばどうにかなる! ああ駄目だ間に合わない諦めるなでも落ちないで飛んでまだ私は嫌だ嫌だ嫌だ! ――心臓を強く、殴る。


「起動せよ、『竜の心臓』――!」


 体中に電撃が走ったような感覚と共に、神経と言う神経が殺気立ち、ざわめく。まるで世界が静止してしまったかのような感覚と共に、私はゆったりと立ち上がった。頭の奥がざわざわする、壊したいとか、喰らいたいとか、そういう「壊す」衝動が巻き起こってきている。


(暴走する前に、仕留める)


 無駄な動きは、しない。槍を拾い、空へと舞い上がる。モアをキャッチし、安全な場所に避難。すぐに空中へ舞い戻り、槍を振り下ろす。頭蓋骨の大部分を切り崩す……まだだ、横薙ぎ切り上げ叩き潰し。冷酷なまでに、いいや冷酷にやるべき作業を淡々と繰り返す。血しぶき、返り血さえも避けながら切り裂き続ける。勝負や退治などと言えるものではない、これは例えるのであれば……蟻と人間が対峙するような物だ。逃げの選択肢以外にあり得ないのだ。対等だった勝負は、私の決断一つで崩れ去る。ひりついた脳にケジメが付く頃には、既に『核』に槍が突き刺さっていた。


「……」


 無造作に槍を、天に切り上げる。その瞬間『核』は消し飛び、私は自分の胸をもう一度叩いた。止まっていた時間が動き出したように……見えた。散々ぶっ散らかしまくった『陸王』の残骸や、血の塊が……まるで雨のように降り落ちる。今更これを避ける気力も、それを可能とする『竜の心臓』を起動する勇気も無い。


(ホント、人間のままでいたいよね……)


 その思考を最後に私の視界はぐらつき、そのまま血だまりの中に倒れ込んだ。血と雨の混ざった土砂降りの中、私とモアは雨に打たれ続けた。――周囲には、無残に散らかった『陸王』がもぞもぞと蠢いていた。










 私の心臓には、《竜》が宿っている。

 かつてジグルド・ジークフリートが殺した最強の生物であるそれの心臓は、無残に切り刻まれた後、体が弱かった私の心臓として代替えされたのだ。


 その結果、この世界から《竜》という生物が死んだというのは嘘と言う事になる。個体としての《竜》は滅び去ったことは事実ではある、しかし『核』は、私の胸に宿るそれが生きている限り、この世界にはまだ《竜》は存在している。


 結論からして、現在の世界で言う《竜》とは。かつて『天地の戦い』における神話戦争における神への反逆者とは。すなわち私の事であり、つまり私……ヒスイ・ジークフリートと言う人間の正体とは、『竜の心臓』を胸に宿す最後の《竜》と言っても過言ではないのであった。


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