第七話「アギ・アガリウス」
攻撃の方法自体は、至って素人同然の動きだった。見た目とは裏腹……力任せに戦斧を振るい続け、一振り一振りにとにかく隙が多く、いくらでも槍を突っ込めるような戦い方……のように、見えていたのだ、最初の内は。
「――ふぅつっ!」
「ぬぅうんっ!」
横からの一撃かと思わせ、槍先を地面に突き刺す。空ぶった後の肉体には、隙まみれの背中が大きく広げられている。外す方が難しいほどいい間合いで、槍はフルスイングで降り降ろされた。――しかし、この程度で手応えを得られるとは思わなかった。
「――ぐぅん!!」
まるで、まるで鉄の塊。肉と刃の感覚ではなかった……刃と刃、又はそれと同じ硬度を持つ物質との衝突は、体の芯まで振動として伝わり、さらには私を焦らせた。
「だーっはっはっはっ!」
「っ……」
今度はこっちの番と言わんばかりに、巨大な戦斧が迫り来る。この姿勢に加え地面に足腰を付けていない状態だ、「受ける」ではなく「逸らす」、又は「避ける」といった手段を取るのが普通だった。――ギリギリのギリギリ、カウンター狙いの回避を捻り出す。
風が髪を吹き飛ばすのではないか……目だけは瞑らないようにしながら、次の攻撃を見切る。また身を捻ってから避け、着地。それからは避ける受けるやり返すの連続で、数秒の鍔迫り合いを経た後に後ろへ飛んだ。
(あいつ、強いな……)
普通、殺し合いは数十秒で勝敗が決まる事が多い。特にこのような……障害物も何もない、ただの平原ならば尚更である。純粋な実力同士のぶつかり合いだからと言うのもあるが、先に攻撃を当てた方が勝ちと言っても過言ではないのだ。何故なら人間は脆い、ナイフ一本が腹に沈むだけで十分重症になり得る。それと、何度も避け続けるのは無理だ。
「はっはっはっ! お前強ぇえなぁ! 清々しいぐれぇに力あるし、何より速い! 女……いいや、人間のくせに竜みてぇだよ」
「はぁ、よく言うよあんた。力ばっかりでアホみたいな太刀筋のくせに、なんなのその……鋼の肉体ってやつ? 比喩表現を具現化してるけど、もしかしてそーいう体質?」
「んぁー……両方だな、答えは。生まれつき力を籠めると筋肉が締まってよぉ、硬くなるんだよ。後は鍛えて鍛えて鍛えまくった……取り敢えず、ある程度の『竜骸』の爪や牙は効かなくなったな。――んで、俺が言いたいのはお前が化け物だってことだ」
「はぁ!? か弱い初対面の乙女に対してなんちゅうこと言うの!?」
まぁ聞けよ。そう言ってあいつは戦斧を、『竜骸』で作られた対竜決戦兵器を担いだ。そして自分の背中に手を回し、少量の血を見せつけてにやりと笑った。何が言いたいのだろうか……キモい。
「お前は、そんな俺の肉体に傷をつけ、血を出させた。お前は人間で、しかも女なのに! 『竜骸』以上の力と速さを以て俺を刺したってことなんだよなぁ! 面白れぇぜお前……俺ぁてっきり無駄骨かと思ったが、お前みたいなのなら喜んで許してやるよ!」
「話はそれぐらいで良い? ――良くなくても、勝つけど!」
「やあぁぁぁってみせろぉおおおおおおっ!」
今度は、相手が飛び込んでくる。速いが大したことは無い……的確に姿勢を低くして、無駄な横なぎの一振りを避ける。ガラ空きの下半身、一気に心臓を貫いて……。
「――らァ!」
「!?」
なんと、姿勢を崩すことを覚悟で蹴りを打って来た。余りにも予想外の攻撃に反応が遅れた、防御に成功した私は勢い良く吹っ飛ばされ、大きく距離を取られた。その次は追撃の大振り。もう一度避けようとするが間に合わない、多少無理をしてでも斧を逸らす、その隙に槍を突き刺す! 血が出る、滴る……しかし、致命傷には至らない! 心臓を狙ったはずが、後ろに下がられて肩に刺さった! しかも浅い、おまけに何故か抜けない!
(筋肉を、締めて――)
「クリーンヒット……まず一発!」
顔面に迫り来る剛腕。首と腰を右に逸らし、掠る程度で留める。避けた勢いで地面に手を着き、横回転で顎に蹴りをぶち込む! 大振りからのカウンターなので、防御する術も上乗せのカウンターも無い。ぐらりと揺れる巨体にさらに回し蹴り! 今度は防御されたが鳩尾に叩き込んだ、100%防御ができたなんてことは無いだろう。
「――がっ、がががっあああ!!!」
ぶっ飛ばされ、頭から地面を抉りながら吹っ飛んでいく。追撃に走ろうとしたが、何事も無かったかのように起き上がってきやがった。ニヤニヤ笑うそいつの感じが、まぁ何とも不快で仕方ない……だが、もう私の勝ちは決定しているのである。
「ふははははっ! がぁ、が、が?」
がくっ。こちらに勇猛果敢に走り込んできていた奴が、急に姿勢を崩し、膝を突いてしまったのである。何があった? 防御したはずなのに……なーんて顔をしていやがる。
「人間ってね、顎を揺らすと脳も揺れるの。体が大きくても小さくても……横から強い衝撃が加われば、誰でも脳が揺れて立ってられなくなっちゃうの。――知ってる? 脳震盪」
「……あぁ……あ」
こちらを見上げるそいつの表情は、やけに晴れやかだった。それだけが本当に気に喰わなくて……皮肉でも何でもないただの不満を、天から降り降ろす槍と共に言い放った。
「――女だから弱いとか、女のくせにとか、そう言うので決めつけんなよクソゴリラ」
一撃は鋭く、早く。防御する隙さえ与えずに降り降ろされ、目の前の頭骨を難なく叩き割った。残心代わりに槍を肩に担ぎ、着地と同時に鼻で笑ってやる。気分が晴れることは無かったが、取りあえず無様なその姿は目に焼き付けた。
「他のハンターさんも、戦りたきゃ相手してあげるけど……どうすんの? ――どうすんの?」
怖気づく者の中には、馬を盗んで逃げる者までいた。こちらを睨み、武器に手を掛けてはいるものの、足が震えている者もいる。こちらに一歩踏み出す事ができた者も、私が睨んでやれば過呼吸になって膝を突く。――やれやれ、腰抜けばかりで悲しいが……まぁ助かった。
「ヒスイ――!」
「おっ、ベストタイミング」
地面に降り立ったモアに駆け寄るが、さぁ何と言おうかこのまま笑って接していい物か……行動を起こしたくせに、今更迷ってしまう。
「……えっと、そのー。たっ、助けに来た! ハグしてもらった……いや違う、普通に命を助けてくれたお礼で……あれ、モアさん? どした?」
「……」
「……モアさん? えーっとまずは逃げましょ? ほらぁその……ハンターの皆さんがほらーえーほらーねぇほらー」
なーんかよく分からないけど、急に抱き着いてきたのは悪くない、むしろいい。……違う違う、取りあえず代わりの馬をかっぱらって逃げ……いいやそれよりジークを助けなければ! 察してくれたかのように、ヒスイはパッと手を放してくれた。私はハンター共ににらみを利かせながら、馬車と馬を切り離し、その上に飛び乗った。
「どぉどぉ、どーどー……うん良い子。モア、掴まって!」
「はっ、はい!」
まるでシルクのような肌触り、思わず力が抜けそうになるが、そこはぐっと力を込めて引き上げてやった。先程の馬よりも元気がよさそうな一匹だから、スピードやパワーには期待できそうだ。
「はいよー! シルバー!」
思い付きで名付けた馬の名前、その名もシルバー。彼は力強く走り始め、そう遠くない『バルムンク王国』を目指した。あそこではまだジークが戦っているはず……どうか無事でいてほしい、というか半分忘れててすまなかった。
「……ヒスイ」
「うーん? なぁに?」
「助けに来てくれて、ありがとうございました」
うん、やっぱそう来るよなぁ。私は返答にしばし困り、頭の中でどう返そうかと考えた……その前に、モアは言葉を紡いできた。
「私なんかの為に、同じ人間じゃない……天使の私なんかの為に」
「――そういうので、私は忖度とかしないから」
「え?」
「……あーいや、怒ってるわけじゃないんだけど、なんて言うんだろうね、そうだなぁ」
言葉に迷い、どうすればいいか考える。まぁ、今の自分の素直な気持ちを言ってしまえばいいのではないか? いいや恥ずかしいじゃないか、いや、でも……。
「……だから」
「え? なんですか?」
「あーもう! 私が助けたいから助けたの! ハイこの話終わり……助けなきゃいけない人がいるの、下噛むから黙っててね~!」
「またそれですか!? こうなったら自分の翼で飛んででも、何言ってたか突き止めてやります!」
やーめーろー! 馬から飛び立とうとするモアを片足で押さえようと試行錯誤、シルバーは呆れたような鼻息を吹きまくっている……だって言える訳が無いじゃないか。「友達だから」だなんて……恥ずかしいし、何より私らしくなくて臭すぎる。
(……まぁ、いつか恥ずかしくなくなるのかな)
巡る思考だけは立派に臭い。自分でもそう思いながら、騎乗中のじゃれ合いにうつつを抜かしてしまっている自分がいる。シルバーは「何やってんだ」と言わんばかりに鼻息をブルルん。さらにスピードを上げ、暮れてきた太陽の方角へと走っていく。
屈辱、屈辱。
塗り重ねられ、凝り固まり、ようやく引いてきた痛みのかさぶた。それがこの瞬間、再び一気に引っぺがされてしまった。体を掻き毟る程の、頬を引っ掻き破る程の屈辱。
「うぉおおおああっ、がぁあ……あああああああああああっ!」
そもそも立ち向かおうとしなかった、勇気を絞るどころか敗走に身をすくめた。許せなかった、やろうともせずに諦めた自分が許せなかった!
「アアアアアアッ……アアアアアアアアアア!!!!」
地面を殴り、大地が揺れる、ひびが入る。これほどの力を以てしても、黄金の鎧に身を包んだとしても……あの英雄には敵わないのか? 努力に努力を重ねても、敵わないのか?
――轟音。嘲笑うように瓦礫と悲鳴が響き渡る。
「……!?」
見上げるとそれは、信じがたい光景であった。
城壁の下部分、大穴が開いていた。無論それは人によって空けられたものではない、合ってたまるか……いいや、そうでなければ? いやな予想が頭をよぎる。周辺に目撃情報はあった、死者だっていた……いいやまさかそんな、こんなタイミングで――。見えた、その姿。
「――、――――ァ」
盾のように硬質化し巨大化した両腕、剣のように鋭い外骨格を纏う健脚……ガシャガシャと音を立てながら変化していく長い尻尾。その戦闘スタイルとは、腕の盾で防ぎ、足の剣で攻撃し……変化する尻尾により、攻守と共に補うものである。策も無くあれと戦うのは最早自殺行為、戦闘と闘争の為に生まれた『竜骸』、その名は――。
「……『陸王』、アギ・アガリウス……!
白兵戦において最強の竜。『災骸竜』の中でも最強と称される『竜骸』の内が一角、陸にて負けるもの無し、怯むこと無し倒れること無し……天下無双、百鬼夜行の単体行動ともいえるそれは、有り余る破壊衝動に身を任せ、次々に町を破壊していった。