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第一話「邂逅」

不安定な世界から引き剥がされ、意識は冷え込んだ空気にいざなわれていく。寒い! 目覚めたと認識した直後、ベッドの下に転げ落ちている事に気付く。私は寝相が悪い、恐らくベッドの上から落ち、頭を強く打ったのだろう。後頭部に鈍い感覚が広がっていき、寝ぼけた意識に痛みがなだれ込む。


「……んー、っ!」


布団を蹴飛ばして起き上がる。窓から差し込む陽光に目を背けながら、ドアを勢いよく開け放つ。冷たく清々しい、まだ太陽が昇り始めたばかりの空気。それをゆっくりと吸いこみ、草の匂い、土の匂い、それから微かに聞こえる小鳥のさえずり――。


「朝だ!」


――ちゅんちゅん。仲睦まじい小鳥たちが、同時に空へと躍り出る。そして私も背伸びする、眩しい太陽を体全体に浴びながら。お気に入りの黄色の紐を手に取り、真っ赤な髪を搾り取るように結わえる。こうして私は、ヒスイ・ジークフリートは完成するのだ。


「真っ赤な髪、ワンちゃんみたいに愛らしい髪! 天使様みたいに真っ白な肌! それにこの目……こんなに透き通った黄色、私以外にいない! ……うんうん、今日も私は可愛い!」


あとはこうやって、自分の事をこれでもかというほど褒めるの。……え? 毎日同じことを、しかも自分で自分に言って飽きないかだって? もちろん! 飽きるに決まってるじゃん! だってこうでもしないと自分に自信が持てなくなりそうだし。


「卑屈だしさ、私。ほんとはこの髪の色だって、あんまり好きじゃないんだよねー」


気付けば私は一人で喋っていた。客観視した瞬間、顔から火が出るかと思うほど熱くなった。やれやれ……悪い癖だ、十七歳にもなってまだ直せていない。周りの人間から変な目で視られて、後で傷つくのは自分なのに。


「あーもうネガティブなの無し無し! ほら、さっさと仕事に行く!」


壁に立て掛けている愛槍を握り、お気に入りの仕事着に袖を通す。高揚と同時に心拍数が上がる……別に戦いが嫌いな訳ではないが、狂戦士レベルの戦い好きな訳でもない。玄関を出ると、そこには昇りかけた陽光と、吹き荒れる乾いた風……そして、私は「それ」を見て「おはよう」と一言。そして、槍を構えて、いつも決まってこう言うのだ。


「そしてさよなら! 今日も稼がせてね……『竜骸』たち――!」


まだ、私の仕事を教えていなかった。そう……私はこの村の用心棒。世界を脅かす災害の化身、醜い滅びの末裔である『竜骸』共から、この村を守る事が仕事なのだ。


つい先ほどまで空を我もの顔で飛び回っていた『竜骸』共。大きいのと小さいの計六匹……それらは今、地に伏して動かない。翼を貫かれ、首を斬り飛ばされ、体の表面から内側までをズタズタにされている。私は、自分が殺した獲物のうち、一番大きな奴を踏みつけにした。


「もう出てきても大丈夫ですよ~!」


そう言うと、しばらくしてから家の扉が開く。続けていくつも……そこから出てくる住人は皆、一人の少女によって文字通りの『竜骸』となった化け物共を見てから、ホッと胸を撫でおろし、またある者は声を上げて喜ぶのであった。


喜ぶ町衆の中から一人、年季の入った老人が出て来た。村長だ。


「いやぁ、助かったよヒスイちゃん」

「お安い御用ですよ! それより皆さん、怪我とかないですか~?」

「全然大丈夫さ、儂の家は少しだけやられたが……なぁに、家内も無事だった」


本当にありがとう。村長に頭を下げられ、懐から小さな袋が手渡された。


「最近、『竜骸』の数が増えてきているからね。これからもよろしく頼むよ」


私はしっかりと頷き、渡された袋を受け取った。そこには村の住民から集めた用心棒代、銀貨十五枚が入っていた。


「確かに、受け取りました」

「すまないねぇ……儂がもっと若ければ、あんな危ない目に合わせなくてもいいんじゃが」

「全然! 私頭悪いですから、こんないい仕事貰えて……本当に感謝してます」


申し訳なさそうな顔、気体と安心に満ちた顔。それの塩梅が、若いか置いているかでくっきりと分かれているのが、不謹慎ではあるが面白かった。


「そういえば、ジグルドさんはまだ帰ってきていないのかい?」

「……はい」

「そうか……彼がいれば、『竜骸』など恐れるに足らんというのに」


そう言って、村長は私の表情を見た。釈明しようと目が泳ぐが、私はにっこりと笑ってそれを止めさせた。悪いのは、実力のない私なのだから。――そう、余りにも違うのだ。私と、私の父であるジグルド・ジークフリートでは。

『天と地の戦い』を人ならざる一撃で終わらせ、『竜』を殺した最強の戦士。身の丈ほどある魔剣を振り回し、巨体にも怯まない勇気を以て挑む。人の中の人、竜を超えた竜殺し……私はそんな化け物の娘な訳だ。


「私は、お父さんに比べたらまだまだだけど、そこら辺の『竜骸』に負けるつもりはないですし。なにより……この村は、お父さんが私に任せてくれた。信用と期待には、応えるつもりです」

「うむ、これからも頼りにしとるぞ」


ニッコリと笑った村長さんは、腰をさすりながら家に帰って行った。同じように、他の村人たちも家に戻って行ったり、畑仕事を再開したり、「さっき何の話をしていたっけ?」と言いたげに笑う人たち……恐怖によって止まっていた日常が、それが取り除かれることによって再び動き始めた。

ほっと、胸を撫でおろす。今日も誰も死ななかった、死なせなかった……大丈夫、私はちゃんとやれている。深呼吸と同時に、特に理由も無く空を見た……。


「……星?」


思わずそう漏らした。まだ、朝が始まったばかりなのに星が見える……いや、朝であっても月が見える日もあるが、あんなに強く光る星があるだろうか? いいや違う、動いている! 右に、左に、今度は真っ直ぐ……そして見える、それを追いかける真っ黒い翼が!


「――みんな、家に入って!」


声が届いたかどうか確認する暇さえなく、私は走り出した。まだ遥か遠い位置……しかし、到着する時間を考えれば、決して遠くない距離。まばゆい光の正体が何かは知らないが、あの真っ黒い両翼が何なのかだけは、痛いほどわかった。


(大型の『竜骸』、しかも飛竜系! 対飛竜砲も「狩人」もいないこの村に、もしあんなのが来たら……)


考えるだけで、息が詰まりそうだった。勿論負けるつもりはない、100%勝つ自信しかない。だが、勝った後の周囲は地獄と化しているだろう。彼に口を酸っぱくして言われ続けたから分かる、「勝つのと守って勝つのでは、天と地よりも大きな差がある」と。


走り、走り……遂にその正確な全貌を捉える。大きな両翼、長い尻尾、間違いなく炎やら毒やらを吐いてきそうな禍々しい見た目。あれはこの場で倒さなければいけない、大勢の村人を背に、あれとやり合うのは無謀の前に無理だ。


「――ッ!」


槍先を地面に突き刺し、柄がしなると同時に飛び上がる。風と共に飛び上がり、目の前には大口を開けた『竜骸』がいる。振り上げた槍先を、全身を動かし――。


「――ウォアッ!」


一閃、一筋、春雷の如く。急転直下で叩きつけられた槍先は、いとも容易く『竜骸』の頭骨を両断した。……かのように思えたが、未だにそれは私に嚙みつこうとしていた!


「ッ!」


紙一重で大顎を避け、だらしない足にしがみ付く。振り払おうと暴れられる前に背中に乗ればこっちのもの……しかし、力は強い。空中で足場が無い私は、槍をうなじに突き刺してやった。だが、まだ動く。


(やっぱりこのレベルになると、『核』を砕かなきゃ駄目か!)


舌打ちさえ憚られるような状況で、私は槍を奥へ奥へと押し込んだ。こうなれば首を斬り、動きが鈍ったところを滅多刺しにするしかない。このぐらいの高さなら、着地しても死にはしないだろう。


「しぃいいいねぇええええっっ……!」


生半可な力では抜けないところまで深く刺さった槍。『竜骸』は苦しそうに、暴れ、苦しみ……時々襲い掛かってくる爪やら牙を、私は避け続けた。すると、突然、まるで電池が切れたかのようにあっさりと、『竜骸』は動きを止めた。傷口からわずかな光が見えることから、恐らく『核』を破壊したのだろう。ホッとしたのもつかの間、私の全身は地面へと引っ張られていく。


(体を丸めて、衝撃を和らげ……ッ!?)


視界に入ってきたのは、倒したはずの『竜骸』から見える赤い光。そして、まだ動くその体! 倒せていなかった、不味い、着地に裂ける余裕はこれで無くなった! 空中戦に持ち込まれれば間違いなく苦戦する、地面に落ちるまでの時間で倒せるかどうか……倒したとしても、まず安全な着地など不可能だろう。


「――相打ち、結構!」


向かってくる爪を槍先で受け、逸らす……『核』を狙って一突き、二突き。しかし決定的な一撃にはなり得ない。今度は横腹に蹴りを入れるが、並の人間……しかも女の自分が放つ威力などたかが知れていた。風のなびき方が変わってくる……地面は、すぐそこまで迫っていた。


「――!」


私は『竜骸』の首を掴んだ。そのまま背負い、蹴り落とす! それから、赤い光は消えた。空中には勝者である自分一人だけが落ちていた。今更着地することは不可能、今から態勢を整えたとしても、骨折以上は覚悟しなければいけない。私は、目を、瞑った――。


――ふさっ。

安心と共に重力が和らぐ。風がゆったりと、ゆりかごのように私を揺すった。


(何? これ……羽、いいや翼?)


知っている。私は、この優しい翼を知っている……眠ってしまいそうなほど柔らかくて、沈んでしまいそうなほどふかふかな、この翼を。

硬い感触が地面だと感じ取るまで、自分が難なく着地したことを知覚するまでにしばらくかかった。私はうつ伏せのままの体を起こし、くるりと後ろを向いた。


それは、ゆっくりと翼を上下させながら地上に降り立った。純白の翼、光と見まごうほどに白く美しい肌、頭上に浮かぶ光輪。本能的に感じる、存在としての差を。


それら全てを見て、感じて、目の前にある存在として認知し、私はそれが何処からきて、どういったモノなのかという事を完全に理解した。


「……まっしろ」


空から落ちてきたのは、真っ白な天使様でした。

どうも、キリンです。

皆さんとこうしてお会いするのは、受験が本格的に始まるよりも前……2~3か月は筆をおかせていただいていたかもしれませんね。

心配してくださっていた方もたくさんいたため、本当に申し訳ない限りです。

さて、そんな私も受験を終え、この「フィンブルヴェトル」で再出発となりました。

「無の魔術師」の完結からしばらく経ち、色々やってみたんですけどね……あはは、なかなかうまくいかないんもんですね。逃げたみたいに筆をおくことになって、つい小説の事を考えることもありました。

でも、これからもこれまでもやる事は変わりません。「始めた物は終わらせる」……これをモットーに、始めた物語も少しずつ投稿していくつもりです。まぁ、いまこうやって新作を投稿してしまっていますけど(笑)

それはさておき、この作品の第一話「邂逅」はどうでしたでしょうか?

受験明けの私が書いた小説に、少しでも心を動かしていただいたのであれば……ぜひお声を掛けていただけると嬉しいです。星一つを付けて「クソつまんねぇ!」と言ってくださっても構いません。ブックマークなんてされてしまいましたら、首が長ーくなってしまいますけど(笑)


そんな訳で、私は今日も元気です。

明日は学校、皆さんが作品をお楽しみいただいている間に……私は残り少ない中学生活を送ってきます。

さてさて、こんな長ったらしいあとがきを最後まで読んでくださった読者様に、最大の感謝と敬意を。


これからも、キリンをよろしくお願いします。

改めまして、お読みいただきありがとうございました。

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