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「はぁ…。」
「先輩、ため息なんてついてどうしたんですか?」
職場で思わずため息をついたところを後輩につかれてしまった。彼女はアリー・ジョイン子爵令嬢。とても優秀で女性には珍しく18歳という若い年齢で私と同じ文官として王宮で勤めている。
「私の婚約が破棄になったことは知っていますよね?その元婚約者が記憶喪失になったというんですよ。」
「えぇ?モーリーさんが記憶喪失?それは心配ですね…。でもよくご存じでしたね?もう交友はないのでは?」
「そのはずだったのですが、彼女なんだか別人のようになっていて私を見て嬉しそうにしたんですよ。」
「あのモーリーさんが!?え、先輩会ったんですか!?」
「わざわざ好きで会ったわけじゃないですよ。サンナ男爵からどうしてもといわれたので。」
モーリー嬢は私の両親やサンナ男爵がいるところでは嫌な言葉を吐くことはなかった。仮にも浮気をしていたとしても娘可愛さにサンナ男爵はモーリー嬢に甘いのだろう。
だが、いくら人が変わったように感じてもこの7年間のことを思い出すともう会いたくはないなと思ってしまう。
「あまり思い詰めないでくださいね。私自身婚約者はいないので恋愛のことはわかりませんが、話を聞いて相談に乗ることはできますから。」
「ありがとう。助かります。」
彼女はジョイン子爵家の三女のためまだ婚約を結んだことはないそうだ。
その代わり安定した職につけているので家族からの催促もないらしい。
「そうだ、一つ相談に乗ってもらえますか?きっと、モーリー嬢のことです。夜会でなにか仕掛けてくるかもしれない。そう思ってしまう私はとても心が狭いのだろうか…。」
「そんなことないと思いますよ。私がお会いしたときもモーリーさんかなりでしたよ。」
以前、休みの日にモーリー嬢と町へ出かけたことがあった。
その日は機嫌がよかったのかあまり嫌味を言われることはなかったのだが、たまたまアリー君に会い、モーリー嬢に紹介したとたん、彼女はきつい言葉を私に浴びせた。
「まぁ!アリー様!よろしくお願いしますね。それにしてもクリス様ったら仕事はきちんとこなせていますか?あまり大きな声では言えませんけど、私へのプレゼントの趣味がとても悪くて。贈り物って相手のことを考えて送るものでしょう?そんなこともまともにできないのに仕事はきちんとできるとは思えなくて。私恥ずかしくって。」
「…モーリーさんと呼ばせていただきますね?クリス先輩はとても優秀な方です。いくら婚約者といえど言葉が過ぎますよ。」
モーリー嬢は顔を真っ赤にして私を置いて帰ってしまった。帰る手段をなくした私は、仕方なくアリー君に家まで送ってもらった。
「あの日、馬車を出したのクリス先輩でしたよね?迎えに来てもらっておいて自分は無理矢理子爵家の馬車で帰るんですもの。驚きましたよ。」
アリー君もあの一件以来、モーリー嬢に対する目が厳しい。
「私も今度の夜会には父と出席するんです。クリス先輩のお父様にも会いたいと言っていたので、協力できることがあれば言ってください。私の父も友人の息子でありかわいい部下ためなら喜んで協力すると思いますよ。」
ジョイン子爵もこの王宮に勤めておられる私たちの上司だ。
これで少し安心できそうだ。