絶望なんて吹き飛ばせ
気を抜けば言葉通りに目の前が真っ暗になり、気を抜けば周りの音が一切聞こえなくなり、気を抜けば両手と両足が動かない。ネモフィラのおかげで体力は随分と回復しているけれど、一秒たりとも油断が出来ない状況にミアはいた。
閻邪の粒子を吸収して動く大蛇が相手では、魔力を読み取って位置を知る事も出来ない。感覚を研ぎ澄まして目で見て耳で聞き、大蛇の行動を直接確認しなければ、一瞬にしてやられてしまう。極限状態とも言えるギリギリの戦いの中で、それでもミアは大蛇の攻撃を躱し乍ら、遂にその時がきた。
「今じゃ!」
大蛇が一瞬だけミアを視界から外すと、魔法で作り出した光の屈折を利用して、幾つもの自身の残像を作り上げた。ラーンを騙したのと同じ自分の偽者を見せたミアは、大蛇に自分を見失わせて、右手をその頭にピタリとくっつける。そして次の瞬間には白金の光を放ち、強大な質量を持つ聖なる白金の光が大蛇に直撃した。
大蛇はミアの魔法の直撃を受けると、そのまま真下にある湖まで落ち――いいや。落ちない。落ちたかに見えた大蛇は、その長い体を回転させて、そのままミアに体当たりをしてきたのだ。
ミアはまさかの反撃を受け、大蛇から繰り出された回転で勢いの付いた尾撃を食らってしまう。
「っぅ…………っ!!」
不味い。と、ミアは思った。咄嗟に魔法でシールドを作り、更にミミミをピストルに変形させて防御したけれど、シールドが破られてミミミピストルでも防ぎきれない強い衝撃を受けてしまったからだ。
あまりの衝撃に自分に使っていた魔法が剥がれ落ち、周囲が見えなくなって音が聞こえなくなった。両足だけでなく両手まで動かなくなり、ミミミピストルを落として自分自身も落下する。しかも、とてつもない衝撃を受けたせいで意識が飛びそうになり、直ぐに回復が出来ずに地上へと落下してしまったのだ。
しかし、ふわりと何かに包まれて、ミアは地上に衝突する事は無かった。ミアは何かに包まれると直ぐに自身の五感を聖魔法で機能させ、自分を受け止めてくれた人物と目をかち合わせる。
「ミアお嬢様!」
「ルニィ……なのじゃ?」
「ルニィ! ミアお嬢様は無事ですか!?」
「ええ。受け止めたわ」
周囲を確認してみると、クリマーテも近くにいて、魔装兎船車の上にいた。二人はミアが地上へと落下したのを見て、助けに来てくれたのだ。
「ありがとうなのじゃ。ワシはもう大丈夫じゃ」
お礼を言い、ミアは自分の足で兎船車の上に立つ。そして、そのまま再び白金の光の翼を広げて、空高く舞い上がろうとした。も、それは真剣な面持ちをしたルニィから話しかけられて遮られる。
「ミアお嬢様。お待ちください。少々だけお時間を!」
「すまぬが今は話しておる時間が無いのじゃ。フィーラが異変を抑えてくれている間に蛇を何とかする必要があるのじゃ」
「それは承知しています。実は、シャイン様とアンジュ様より言伝を預かっています」
「む……? シャイン先生とこの湖の精霊神なのじゃ?」
「はい」
ルニィが頷くと、一度空を見上げ、大蛇が何をしているのかを確認する。大蛇は上空から地上に向けて口を開けていて、そこに何やら馬鹿でかく禍々しい魔力が集束していた。
「ま、不味いのじゃ! その話は直ぐ終わるやつなのじゃ!?」
「はい……いえ。もう話をする必要はなくなったようです」
「のじゃ?」
話をする必要が無くなったと聞き、ミアは首を傾げた。そして、その直後に様々な声がミアの耳に飛び込んできた。
「ミア近衛騎士嬢! ありました! ありましたよ! “クラウン”です!」
「いた! 聖女様あああ! “ネックレス”を持って来ましたああ!」
「みんな! こっちこっち! 聖女様がいたよ! 早く“リング”を渡そう!」
「よっしゃあああ! ついたぞお前等! “マント”を守り抜いたぞ!」
「死ぬかと思ったあ! 聖女様あ! “イヤリング”です! 受け取って下さい!」
現れたのは、チェラズスフロウレスの仲間たち。湖に潜っていたらしいユーリィが、びしょびしょの体で“宝”の一つ“クラウン”を掲げてミアに見せると、それを合図にしたように仲間たちが集まって来たのだ。そして、そんな彼女たちにミアが驚いていると、ルニィが優し気な笑みで言葉を続ける。
「トレジャートーナメントで使われている五つの“宝”は、本来、天翼会会長が過去で聖女を失った悲しみを二度と起こさないようにと願い作った物だそうですよ」
「ヒロ先生が……なのじゃ? 聖女を失ったってどう言う事なのじゃ?」
「どうやら、あの方にも前世と言うものがあったようです。だから、二度と同じ事が起きないようにと、あの五つの“宝”に想いを込めたのでしょう」
「…………」
この土壇場で明かされた衝撃の真実にミアは驚いたけれど、そんな暇は与えないと言うかのようにルニィが言葉を続ける。
「会長様の魔法は“絆”の魔法。信頼し合う仲間の心を結び、力を増幅する魔法だと仰られていました。あの五つの“宝”の本来の力は、仲間を思いやる心を繋げる力なのです」
『遂に集ったなチェラズスフロウレスの野郎共! 絶望なんて吹き飛ばせ! さあ! 反撃開始だあああああああああ!』
タイミングを見計らったように響き渡るメリコの声。世界中が絶望に包まれているのが嘘のように、何故か爽快感溢れるそのメリコの声が耳に届き、ミアは不思議と口角を上げて笑みを浮かべた。
「最高じゃのう。ワシは友人達にとても恵まれていた様じゃ」




