人類が生き残る為の戦い
世界は黒い雲に覆われて光を失い、大地から湧き出る閻邪の粒子が其処彼処を漂って宙を舞う。季節が冬と言うのもあり、雲に覆われた地上の温度は徐々に下がり続け、冬の無い地域でも息が白く染まる程に冷えていく。弱った体で閻邪の粒子を取り込んだあらゆる生物が魔従となり、それは全ての生物を襲った。
人は魔従の出現に恐怖して、弱った心を持つ者や襲われて致命傷を受けた者から次々と魔従となっていく。恐怖の連鎖が魔従を増やし、絶望の声が世界を覆う。逃げたって意味が無い。避難したって逃げられない。恐怖し絶望する心のある所には、必ず魔従が生み出されてしまうのだから。誰かを護ろうと誰かが駆けつけても最悪な事態は回避出来ない。助けを求めた者から魔従と化し、背後から狙われ、傷ついて魔従と化す。
死ぬのではなく新たな肉体への変質。魔従は魔従同士では争わず、別の生命への攻撃だけを続けるだけ。別の生命体に閻邪の粒子を植え付けて、仲間を増やす。彼等にとってそれは、ただそれだけの行為に過ぎない。これは滅びでは無く新しい生命への変化なのだ。
しかし、これを滅ぶと言わずして何と呼べば良いのだろうか? 人類、そして全ての生物が別の何か、魔従に変わる。そこに正義や悪など存在せず、ただただ悲劇的な世界の変化が齎されただけ。それこそが“未曾有の異変”の正体だった。
しかし――
『あー! あー! こほん。失礼しました』
世界中に聞こえた少女の声。その声はとても通っていて、こんな絶望的で悲劇的な状況の中には似つかわしくない程に明るめだ。
世界中の人々はその声に驚き、人によっては空を見上げ、人によっては周囲を見回した。
『紳士淑女の皆様方ごきげんよう。私天翼学園に通う三年、夏の国オシアナス所属のメリコ=ンータと申します』
こんな時にふざけてるのか? そう思った者もいるだろう。世界中に聞こえたメリコの声は、絶望する人々にとって酷く能天気染みていた。
しかし、それと比例するように、一人、また一人とメリコの声に耳を傾ける者も現れていく。
『皆さん! 空を見上げて下さい!』
人によっては魔従から逃げ、人によっては魔従と戦い、人によっては心に余裕が無く、空を見上げない者もいる。しかし、それでもメリコの言葉で空を見上げた者たちの目に映ったのは、とても大きな映像だった。それは一つだけでなく多数あり、幻花森林のあらゆる場所を映し出している。ネモフィラが、その他にも大勢の生徒等や騎士たちが魔従と戦う姿が、そこには映っていた。
『私達は今、この悲劇の元凶の中心で戦っている彼等と共にいます!』
一人、また一人と、空を見上げていく。映し出された子供たちが必死に魔従と戦う姿を見て、胸が熱くなるのを感じる者がその瞳に闘志を宿す。
『どうか諦めないで下さい! 貴方達を襲う怪物はここ幻花森林から発生した目に見えない閻邪の粒子が原因です! しかし! それを止めようと、私達は戦っています!』
映像の一つ、一際大きな映像にメリコの姿が映し出される。その背後ではリリィが相変わらず無双して魔従を吹っ飛ばしていて、それが魔従なんて大した事は無いと言っているようで、人々から魔従への恐怖が消えていく。
『今、私達を襲っている怪物は“魔従”と言う生物です! 魔従は目に見えない閻邪の粒子を取り込んでしまうとなってしまう怪物ですが、強い心があれば決して魔従にはなりません! そうですよね! プラネス様!』
『ちょっと、私に話を振らないでよ』
『そうですよね!?』
『……はあ。そうよ。ここに来る途中で周囲を観察して分かったけど、閻邪の粒子は弱気になっている人の中に好んで入っていく様に見えたわ。つまり、心を強く持てば閻邪の粒子には決して負けない。魔従になんてならないって事よ』
『解説をありがとうございます! 世界中の皆様方! 弱気にならないで下さい! 希望はあります! 絶対に諦めないで下さい! 私達には“聖女ミア”様がついています!』
世界中の人々が“聖女ミア”と言う言葉で顔を上げた。そして、まるでそれを見ていたかのようにメリコがニヤリと笑みを見せ、叫ぶ。
『さああ! 世界中の野郎ども! 生き残れ! そして見届けろ! 我等が聖女ミア様が率いる天翼学園生の戦いを! そして今はトレジャートーナメント決勝戦! 世界の命運を懸けたこの戦いの鍵を握るのは聖女ミア様と、彼女の仲間たちだ!』
『呆れた。トレジャートーナメントって、まだそれ引っ張るの?』
『勿論です。あ。紹介が遅れましたが、こちら私の実況のパートナー、解説担当のプラネス様です』
呆れた顔したプラネスの顔がアップされ、プラネスが鬱陶しそうにカメラに向かって手で払う。すると、カメラは再びメリコを映し、メリコがニヤリと笑みを見せた。
『絶望なんて跳ね除けろ! 武器を持って戦い、弱者を護って生き残れ! これは私達人類が生き残る為の戦いだ!』
世界中から消えかけていた希望が湧き、人々は武器を手に立ち向かう。そして、映像はメリコとプラネスの二人を映し出す。
『それでは、実況のメリコと解説のプラネスが世界の命運を懸けたトレジャートーナメント決勝戦をお送りします』
ニッコリとカメラ目線で微笑むメリコに、プラネスが呆れた顔して視線を向けた。




