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過去の因縁

 気を失っているミアに止めを刺そうとラーンが近づき、魔従まじゅうの卵から魔力を取り出してミアに手の平を向ける。至近距離からの、しかも気を失っているミアへの攻撃だ。外す事は無いだろう。

 ニリンとマレーリアはそれを止めたいけれど、魔従化した生徒の妨害でそれが出来ない。二人が目を覚ましてとミアの名前を呼び続けるも、それが届く事は決してなかった。

 しかし、ラーンが魔力の塊を鋭い刃へと変化させて、それをミアの首に目掛けて放とうとしたその時だ。


「フリール=デラン!」

「っ!?」


 突然聞こえたのは聞き覚えのある女の声。しかも、その女の声はラーンが過去に母であるカトレアと逃亡生活をしていた時に名乗っていた名前で、それを知る者は僅かしかいない。カトレアと逃亡していた時、カトレアは“ナイトスター”の姓を捨て、旧姓である“デラン”を名乗っていた。フリール=デランの“デラン”と言う姓は、カトレアがナイトスター公爵家に嫁ぐ前の姓なのだ。

 ラーンが驚くのも無理は無く、ミアに止めを刺す手が止まり、声の主へと顔を向けた。すると、そこに立っていたのはカーリー=ナッツ。ウドロークの駒として動き、協力していた天翼会の者だった。


「カーリー先生……? どうしてその名前を……?」

「まだ思い出せないの!? 私はずっとこの時を待っていたのに! 貴女を殺す力を手に入れるこの時を!」


 カーリーは怒声を上げると両手を広げ、直後に閻邪えんじゃの粒子が彼女に吸い寄せられていく。ラーンはそれを見て目を見開き、そして、彼女の言葉で思い出す。


「ナッツ……っ。ユチク小母さんの……っ」

「そうよ! 私の母はユチク様の妹よ! そして! 私の母はユチク様が処刑されるのを抗議して一緒に殺された! 貴女達親子が逃げなければ、貴女達さえ村に来なければ私の母もユチク様も死ななかったのよ!」


 ラーンがカトレアと逃げ延びた食恵の国の小さな村。そこでお世話になったのがユチクだった。彼女は医者であり、その村を含めた近辺の領主の妻だった。ユチクは貴族だったが平民である村人たちとの仲は良好で、だからこそナイトスターから逃げてきたラーンとカトレアを受け入れた。つまり彼女はラーンにとって恩人だ。

 しかし、ユチクが死んだと聞いても、彼女の姉妹の娘がカーリーだったと知っても、ラーンは動揺しなかった。


「そう。貴女は……貴女はお母さんを裏切った女の血縁者だったのね」


 冷たく出たその声は、静かな怒りが籠っていた。その目は鋭くカーリーを捉えていて、ミアへ向けていた憎しみの全てが、まるでその矛先を変えたかのようにカーリーに向けられていた。

 過去に因縁がある人物の血縁者が目の前にいる。ラーンにとって、ユチクはカトレアが死ぬきっかけとなった二回目の逃亡生活の元凶なのだ。


「裏切った……? ふざけないで! 貴女達親子がユチク様を裏切ったのよ!」

「違うわ。あの女がお母さんを裏切ったの。殺されて当然だわ」

「黙れ! 黙れ! 黙れえええエエエエエエッッ!」


 まるでカーリーの怒りが爆発したかのように、彼女の全身の皮膚が真っ赤に染まって弾ける。そして、弾けた彼女の姿は全身が紅色の鱗で覆われた魔従と化していた。


「ウドローク様カラ貴女ノ事ヲ聞イテカラ、聖女トノ戦イデ貴女ガ消耗スルノヲ私ハズット待ッテイタ! 魔従ニナッテ貴女ヲ殺ス為ニネ! 今ガソノ時ヨ!」

「へえ。あの男と繋がっていただけはあるのね。魔従化しても意思を持つ方法を知っていたなんて。でもね」

「死ネエエエエエエエエエ!!」


 カーリーがラーンに接近して、鋭い爪を突き立てる。しかし、ラーンはそれを素早くけ、彼女へと手を伸ばした。


「残念だけど、私にはまだ余力があるの。それに」


 ラーンの手から斬撃性のある魔力が放たれて、カーリーの胴体が真っ二つに斬り裂かれた。カーリーは目を見開いて血反吐を吐き出してラーンへと手を伸ばすが、視界に映るのは魔従の最後を遂げる溶け始めた自身の手。


「貴女程度の力で、神王と呼ばれるパパの力を使う私に勝てるわけが無いでしょう?」


 カーリーの全身はドロドロに溶け、骨だけを残して絶命する。魔従となった彼女の骨は人間のそれを留めておらず、ラーンはそれを冷めた視線で見つめ乍ら、視界の端に見覚えの無い矢が地面に刺さっているのを見て自分の失敗に気が付いた。


「逃げられたわね……」


 視線を移せば、さっきまでミアが倒れていた所には車椅子だけが残っていた。周囲で戦っていた筈のニリンとマレーリアの姿は無く、魔従化した生徒の二人は死んではいないけれど気絶している。地面に刺さっていた矢には見覚えがあり、その刺さっている角度や方角からして、王木おうぼくの上から放たれたのだと直ぐに分かった。


「ミアの奴隷のチコリーとか言うエルフの仕業ね」


 呟くとラーンはため息を吐き出して、カーリーの死骸へと視線を向ける。


「まあ、いいわ。それよりも問題はあの男よ。どう調べたかは知らないけれど、ベラベラと私の過去を喋って、この女が私を殺しに来たと言う事は裏切ったって事よね。だったら、ミアの前に貴方を消してあげるわ。精霊王」


 ラーンはミアを連れて逃げたニリンとマレーリアを追わず、ウドロークの許へと向かって歩き出した。

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