聖女の食欲は旺盛である
『こちら観戦会場。こちら観戦会場。決勝戦に参加中の皆様に緊急でご報告致します』
「む? なんじゃ?」
ユーリィの魔装でキノコの化け物を縛って拘束し、身動きを取れなくしたミアたちは、未だにキノコと睨めっこをしていた。
ミアは他の場所で現れた魔従の存在をまだ知らない。だから、緊急の放送が流れた意味も分からず、首を傾げた。そうして放送に耳を傾けたミアたちだけれど、生憎ここには天翼会の者が近くにいない。幻花森林で起きた出来事を伝えられる者がいないわけだけど、それもあって緊急の放送が流れたと言うのにのんびりしていた。
『戦闘中の生徒達は、直ちに戦闘を中止して下さい。繰り返します。戦闘中の生徒達は、直ちに戦闘を中止して下さい』
「何かあったんでしょうか? あ。使えそうな物を持って来ました」
「ありがとうなのじゃ」
放送を話半分で聞き乍ら、とある物を持って来たニリンにお礼を言うミア。ユーリィは拘束中のキノコが逃げ出さないように見張っていて、ニリンが帰って来ると、キノコを引きずって近くに置いた。
さて、ミアが何をしているのか? 何故未だにこの場に留まっているのか? それは――
「一先ずこのまま焼いても生焼けになってしまうかもしれませんし、切りますか」
「そうじゃのう。食べた時に生焼けは嫌なのじゃ」
――それは食べられるキノコかどうかを調べる為だった。
はい。食べる気でいます。このアホ。じゃなくて聖女は。
ニリンは枯れ葉や枯れ枝を集めてました。火を付けて焼きキノコにする為にです。はい。
『現在、幻花森林の各地で正体不明の生物が出現しています』
「このキノコは別の場所でも見つかったのですね」
「しかし、やはりこのキノコは新種なのでは? だから、食べては駄目だと呼びかけているのかもしれません」
「ふむ。そうなると益々味が気になるのう。見た目的にはエリンギに近いから、結構美味しい筈なのじゃ」
「「なる程」」
なる程じゃねえよ。声ハモらせて何納得してんだよ。って感じのユーリィとニリン。と言うか、エリンギに見た目が似てるから美味いって発想は何だよ。って感じのミアも含めて、アホが移り散らかしている。いや。ユーリィとニリンもミア同様なのは今更かとも思うけど、とにかくミアのさっきまでの悪霊怖いムーブが嘘のようだ。
『この事態を天翼会は予測不能の事態と捉えています。生徒の皆様の安全を考慮し、決勝戦は中断する運びとなりました』
「キノコが動き出したのが予測不能の事態なのじゃ?」
「誰かが先に食べたのでしょうか?」
「いえ。もしかすると、この放送で言っている情報が我々生徒を避難させる為の偽の情報かもしれません」
「どう言う事じゃ?」
「ラーンが何か動きを見せた。もしくは、ナイトスター公爵が何か行動を見せたか。どちらにしても彼女達が何かを企んでいるのを知っているのは我々だけです」
「それを隠す為にわざと嘘の情報を流したって事?」
「ええ」
「確かにニリンの言う通りじゃ」
『つきましては、決勝戦に参加して頂いている生徒の皆様には、直ちに避難をして頂きたいと考えております。近くにいる先生方の指示に従って下さい』
「先生方の指示に従って避難と言う事は、ナイトスター公爵が雇った傭兵達を連れて侵攻を開始した可能性が高いですね」
「ラーンが何をするかは不明だけど、会場に傭兵が流れ込んで来たら混乱するでしょうしね」
「うむ。そうと決まれば早くキノコを食すのじゃ」
「「はい!」」
おい。こら。いい加減にしろ。お前等どんだけ呑気だよ。って感じのミア等一行。しかし、その呑気もこれまでだ。
避難誘導の指示に従って等を放送で伝えるメリコの声を無視し、さっさと焼きキノコにして食べてしまおうと火を起こしたけれど、上手くいくわけが無い。何故ならば、そのキノコは魔従だからである。
「のじゃ? キノコがドロドロに溶けたのじゃ」
「火力が強すぎたのでしょうか?」
「いやいやいや。何言ってるのよユーリィ。これはどう見ても魔従が死んだ時の現象でしょうが」
「「え?」」
声をハモらせるミアとユーリィ。二人はキノコの化け物が魔従だったと気が付いたニリンの言葉を聞いて首を傾げた。するとその時、耳を劈くような音が聞こえ、繰り返し同じ言葉を話し続けるメリコの声が途切れる。そして、代わりに別の声が聞こえてきた。
『ごきげんよう。生徒諸君。私は騎士王国スピリットナイトのケレムだ。ナイトスター公爵と名乗った方が、君達にも分かりやすいだろうか? 以後、お見知りおきを』
別の声の主は、ラーンを実の娘だと言って引き取った公爵、ケレム=ナイトスターだった。




