聖女の弱点
油断していたわけでは無い。相手はあの聖女だ。しかし、騎士王国スピリットナイトの彼等はユーリィとニリンを眼中に入れてなかった。先程気絶した者だけでなく、残った四人も二人を侮っていたのだ。準決勝では開始早々に魔物にやられて退場し、何の役にも立たなかったユーリィとニリンの二人を。その侮りが今の状況を生み、仲間の一人があっさりと気絶させられてしまった。
そして、それが彼等に焦りを与え、冷静な判断を失わせる。
「ちくしょう! こうなったら一斉に跳びかかるぞ!」
「「おおおおおおおっっ!」」
四人がミアだけを狙って一斉に跳びかかる。しかし、冷静を欠いてはミアたちの思う壺である。
ユーリィが魔装褒美の時間で四人の足を引っかけて、彼等は同時に転んで地面を転がった。そして、ニリンが素早く近づき、一人一人のヘルムに触れて魔装手動の扉でヘルムを強制的に外していく。顔が出れば後はミアがミミミピストルで撃つだけだ。
あっという間に四人は気絶して、ミアたちが勝利した。
「楽勝でしたね」
「流石はミア近衛騎士嬢です」
「二人のおかげじゃ」
「ご謙遜を」
「全くです。我々よりもミア近衛騎士じょ――っひ! 後ろです!」
「後ろ? ……の――っじゃあ!?」
突然驚いた顔で後ろと叫ぶユーリィに、ミアがどうしたんだろうと不思議に思い乍ら後ろに振り向く。すると、そこには見た事も無いキノコっぽい化け物が立っていた。
その化け物は、身長はミアより二十センチくらい大きく、足が二本生えたキノコ。頭からは体に悪そうな胞子を出していて、キノコなのに鋭い牙の生えた口があるが、目や鼻は無い。
パッと見可愛らしく見えなくもないけれど、何と言ってもミアよりデカいのだ。自分より大くて牙の生えた二足歩行のキノコなんて普通に恐怖でしかなかった。
「キノコ……なのじゃ!?」
「こんな魔物は見た事がありません!」
「ま、まさか、今朝食べたキノコの怨念でしょうか!?」
「じょ、成仏してくれなのじゃあ! なんまんだーなのじゃあ!」
怨念では無いので成仏はしません。ユーリィの言葉に滅茶苦茶ビビり散らかしたミアだけど、全くの別物である。因みに今朝食べたキノコと言うのは、キノコの入ったスープだ。ミアは勿論それを美味しいと笑顔で頂いたわけだけど、今はそんな事はどうでもいい。
キノコの化け物は口を大きく開け、ミアにかぶりつこうと跳びかかった。
「ぎゃああああ! なんまんだーなのじゃあ!」
「ミア近衛騎士嬢に近づくなあ!」
珍しくミアが念仏を叫ぶだけで何も出来ずにいると、ユーリィが勇敢にもミアの前に立ち、魔装の縄でキノコを拘束する。すると、流石は魔装製の縄だけあって、キノコは拘束されるとその場で身動きが出来なくなった。
「な、何なんでしょう……? このキノコ……」
「どうすれば成仏するのじゃ?」
「ミア様……もしかして、お化けの類が苦手なのですか?」
「お化けは平気なのじゃが、悪霊が苦手なのじゃ」
「そんなミア近衛騎士嬢も可愛くて素敵です」
お化けは平気だけど悪霊は苦手。ユーリィはそれを聞いて可愛いと言ったけれど、ニリンは何が違うのか分からず首を傾げた。まあ、その違いを今は問うてる場合では無いので、一先ずは置いておくのだけども。
「兎に角ミア様は安心なさって下さい。これは悪霊ではございません。ユーリィが適当に怨念と言っただけです」
「そうなのじゃ?」
「はい」
「待ちなさい。ニリン。根拠があるわ」
「根拠?」
「ええ。朝食で出たキノコとこのキノコの色が同じ白よ」
「お、恐ろしいのじゃあ。なんまんだーなのじゃあ」
「いやいや。何の根拠にもなってないでしょうが。それ以上ミア様を怖がらせると、その内にミア様に嫌われるわよ」
「何の根拠もありません。私の勘違いだったようです」
おい。ミアの怖がる姿が可愛くて、遂もっと怖がらせたいと思っていたのだろう。嫌われると聞いた途端に見事な手の平返しを繰り出し、ユーリィは自分の保身に走った。
しかし、そんな彼女の最低な行動を目の前で見たミアは、決して彼女を咎めない。何故なら、ミアが慈悲深い聖女だから……では無い。
「ワシは最初からそうだと思っておったのじゃ」
前世八十まで生きたお爺ちゃんだったミア。ユーリィの言葉が何の根拠も無い嘘だと分かった途端に冷静になり、更には欲が出て年長者としての見栄を張りたくなった結果に出た言葉がこれである。
本当にこのアホ。じゃなくて聖女。かっこ悪いがよく似合うダメっぷりを披露するのが得意だった。




