没落した貴族の軌跡(16)
ラーンは神王モークスの招待を受けて社交界へとやって来ると、ウドロークを掌で踊る“駒”にするべく、直ぐに精霊王国の王ウドロークを捜した。そして、彼女を護衛するジャッカがそれをひやひやし乍ら見守る。と言っても、ジャッカは神王の近衛騎士だ。ずっとラーンに付き添う事が出来ないし、見守っている間も素性を隠す為に変装して仮面を付けている。
そうしてジャッカが心配し乍ら見守る中ウドロークを見つけると、ラーンは早速挨拶しに向かい、相変わらずの演技染みた笑みを披露した。
「精霊王様。お初にお目にかかりますわ。私はラーン=ヴァレンティーナと申します。以後お見知りおきを願いますわ」
「ああ。君か。ラーン=ヴァレンティーナと言う子供は。神王が最近優秀な子供を手に入れたと、私の耳にも届いているよ」
「まあ。優秀だなんて。至極光栄な事ですわ」
「しかし、不思議だ。君とは初めて会った気がしない。懐かしい感覚を覚えるよ」
「うふふ。精霊王様ってば。私を口説いていらっしゃるの? とても嬉しく思いますけど、私はまだ十歳ですよ」
「ふっ。そんなつもりは無かったのだけど……そうだね。そう言う事にしても良いかもしれないな」
ウドロークは跪き、ラーンの手の甲に口づけをする。そして、その美麗な顔立ちで甘く微笑み、それを目撃した周囲の女性たちから黄色い声が上がった。
しかし、ラーンには全く効果が無い。それどころか、ラーンはこれはいけると判断して、このままウドロークを虜にしてしまおうと考えた。
「まあ。精霊王様。いけませんわ。皆が見ています。それに、私はまだ子供ですのに」
「周囲も歳も関係無いさ。どうだろう? 二人だけで話がしたい。場所を移さないか?」
「精霊王様……」
「それから、私の事はウドロークと名前で呼んでくれ。ラーン」
「はい。精霊王さ……ウドローク様」
ウドロークと名前で呼ぶと、ウドロークは再び甘ったるい微笑みを披露する。ラーンはそれを見て見惚れ……るわけも無く、心の中で「よし」とガッツポーズをとった。
そうして二人で場所を変える事になったわけだけど、ジャッカは仮面の下でとんでもなく面倒臭そうに顔を歪めていた。そもそもこんなに簡単に上手くいくわけが無いと思っていたので、これは何かあるのではとウドロークを疑っている。やはり女癖が悪いと言う噂は本当だったのかと。しかも子供に手を出す程に達の悪い女癖の悪さ。噂以上だと思ったのは言うまでもない。まあ、自分が護衛をしている限り、絶対に手は出させないと決めているけれども。
しかし、問題が起こった。
「失礼します。神王様の護衛に戻れとのご命令です」
不意に声をかけられ顔を向けずに視線だけ向けると、そこには宰相の配下が立っていて、ジャッカはタイミングが悪く伝令が来たものだと思い乍らも答える。
「今は出来ない。リーガに伝えろ」
「それが……」
伝令が周囲の目を気にし乍らジャッカの耳に顔を近づけ、小さな声で言葉を続ける。
「神王様が何者かに命を狙われました。神王様の食事に毒が盛られていたのです」
「っ!? どう言う事だ? 神王様は無事か?」
「ご無事です」
「そうか……」
「しかし、神王様が毒を食べる事はありませんでしたが、リーガ様とラファト様は念の為にジャッカ様を連れて来いと……。それから、くれぐれもあの方にこの件は伝えるなとの事です」
「……分かった」
最悪なタイミングでの神王暗殺未遂事件。あの方と言うのは、ラーンの事を指している。
神王は彼女に心配をさせたくないのだろうとジャッカは察した。そして、流石にこれを無視する事は出来ず、ラーンに少し席を外すとだけ告げて神王の許に向かった。
「来たか」
「おい。何故まだこんな場所にいる?」
「神王様のご意思だ」
神王がいたのは、社交界中に神王が座る為に用意された椅子やテーブルがある場所だった。つまり毒殺されそうになったにも関わらず、毒が出された料理の席にそのままいたのである。そして、今も神王に挨拶に来た来賓の貴族たちと話していた。
これにはジャッカが驚いて宰相や摂政に怒り気味に声を上げたが、その理由は神王の考えあっての事だ。
「今回の社交界は、あの方の為に開かれたものだと仰られている。それを台無しにしてはならないと神王様はお考えになっている」
「お嬢の為……? し、しかし、状況が状況だぞ」
「それでもだ。神王様にとってあの方が余程大事なのだろう。事情を我々に話そうとはしてくれないが、それだけの意味があるのだろう。ただ、犯人がまだ分かっていない。我々は精霊王国の手の者だと考えたが、神王様はそれを狙った内部犯の可能性もあると仰っている」
「精霊王国の王が訪問されたこのタイミングで犯行を及ぶなど、疑ってくれと言っているようなものだからとな」
ジャッカは面倒な事になったと思い乍ら、直ぐに戻ると伝えたラーンが何かをやらかさないかと心配する。事件が起きているのにラーンの身を案じるのではなく、やらかさないかを心配するのは、流石にラーンが狙われるとは思っていないからだ。
それにウドロークは王だけあって護衛もいるし、二人きりになる事も無い。だから、安全だろうと高を括ってしまっていたのだ。




