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没落した貴族の軌跡(14)

 煙獄楽園行きの船は出港してから五日後に目的地に到着した。それなりに長い船旅だったけれど、神王モークスに見つかってからは、フリールはそれなりに不自由の無い生活が出来ていた。

 フリールは結局モークスの養子にはならなかったけれど、それでもモークスが面倒を見ると言ったのは大きい。養子では無いフリールを娘のように扱い、フリールも母を失った悲しみを埋める為か、それを自然と受け入れていた。おかげで周囲もフリールを密入国者などと邪険にせず、優しく接してあげていた。

 そうして煙獄楽園にやって来て最初におこなったのは、母カトレアの葬儀だ。フリールは本当は母が大好きだった食恵の国に墓を立ててあげたかったけれど、それは出来ないので諦める。それでもモークスに心の底から感謝して、母との最期の別れを過ごす事が出来た。

 葬儀が終わると、フリールはモークスに連れられて城や離宮では無く、王都の中にある豪邸へと連れて来られた。と言うのも、本当は城に連れて行くつもりだったのを、流石にそれは待ってほしいと宰相や摂政に止められたからだ。彼等の言い分も分かるのでモークスは諦め、王都にお忍びの際に休憩所として建てた別邸にフリールを住まわせる事にしたのである。

 そうして住む場所も決まり落ち着くと、モークスはある提案をフリールに持ちかけた。


「フリール。君には酷な事かもしれないが、今後はラーン=ヴァレンティーナと名乗りなさい」

「ラーン=ヴァレンティーナ……?」

「そうだ。申し訳ないが君の素性を調べさせてもらった。君は騎士王国のナイトスター公爵の娘で、今はその父親から逃げているようだね」

「っ……うん。でも、あんなの父親じゃない。ずっと私を騙してた。お母さんはあいつからずっと暴力を受けてたの」

「それはとても辛かった事だろう」

「…………」

「そうであれば余計に必要な事だ。フリール。君を護る為にも、別の名を名乗って見つからないようにしなければならない」

「でも、私の名前はお母さんが付けてくれた大切な名前なの。変えたくない」

「変える必要は無い。別の名を使う(・・)だけだ」

「……名前を使う?」

「そうだ。君の名前はフリール。フリールだ。ただ、身分を隠す為に“役者”となってラーン=ヴァレンティーナと言う名の少女を演じるのだ」

「役者になって……演じる…………」

「そう。演劇の舞台に立ち、物語の登場人物になりきって演技を披露する役者のように、君もラーン=ヴァレンティーナを演じれば良い。それにラーンと言う名前は、君の母親カトレアから考えた。花にもカトレアと言う名の花があり、カトレアはラン科の花だ。捻りは無いが、カトレアの子だからラーンと私が考えた。君が演じる名に相応しいと思わないか?」

「お母さんと同じ名前の花……」

「それからヴァレンティーナは私の旧姓だ。もうどれくらい前だろうか。私も拾われた身だった。ヴァレンティーナとは、拾われる前の私の名前なのだよ」

「…………」

「決して君は君の名前を捨てるわけでは無い。役者となり、カトレアの子を意味する“ラーン”を名乗って偽るだけ。嫌だろうか?」


 フリールの瞳がきらりと光った。

 母親の名前と同じ名前の花から付けられた名前と、自分を救ってくれた恩人の旧姓。自分の名前を捨てずに役者となり、新しい自分ラーン=ヴァレンティーナを演じる。フリールにとって、それはとても魅力的に感じるものだった。

 それならば、新しく住まうこの国でも違う自分として生きる事が出来る。もう追手に恐怖して逃げ続ける事もしなくて良いし、周囲を気にせず出かけられるので、母のお墓参りだって好きな時に行ける。それは夢のような話だった。


「なる! 私、なるわ! ラーン=ヴァレンティーナに!」


 この日から、フリールは自らをラーン=ヴァレンティーナと名乗るようになった。そして、彼女はこの広大な世界全てを舞台にして演じる女優になる。


 分かりやすいくらいの胡散臭い演技染みた笑み。


 この瞬間から、ラーンとなったフリールは、そんな笑みを浮かべるようになった。でも、それを唯一知らない者がいる。


「ラーンでいる間は、名前と旧姓をくれた神王様の事をパパ(・・)と呼ぶわね。パパ」

「ははは。構わないが、人前ではやめてくれよ? 呼ばれてしまったら、私が相手もいないのに隠し子がいると思われてしまう」

「ふふふ。心配しなくても大丈夫よ。だって、パパは私の恩人なんだもの。困らせるような事をしたくないわ」


 パパと呼ぶモークスの前だけは、ラーンは本当の素顔を見せるのだから。

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