没落した貴族の軌跡(9)
カトレアがフリールを連れて屋敷を出た次の日の朝。ケレムは怒りに震え、カトレアとフリールの捜索を侍従たちに命じた。
フリールの面倒見役だったカレハは責任を取らされて鞭打ちの刑を受け、そのまま解雇されて放り出された。彼女はボロボロの状態で路頭を迷う事になったけれど、それでも運が良い方だった。ケレムが放った諜報員が、愛人とお腹の子をケレムが殺した事をカトレアが知ったと調べ上げたのだ。その結果、カレハに情報を流した者は殺されたが、既に放り出されていたカレハは行方が分からず命だけは助かった。
ケレムはカレハよりもカトレアとフリールの捜索に力を注ぎたい為に、カレハをそれ以上捜そうとはしなかった。そして、ケレムは何故逃げたのかを疑問に思うようになった。
最初は誘拐を疑った。しかし、愛人との事をカレハと情報提供者がカトレアに教えた事から、これは何かあると考え始めた。カトレアを疑い始めて、諜報員にカトレアが何かを隠している筈だと調べさせる。そして、諜報員はカトレアが身籠った時期等を調べて、フリールがケレムの子でない事を知った。
ケレムは怒り、相手の男を調べようと考えたが、一人だけ怪しい人物がいる事に気が付く。
「ウドローク殿下……いや。今は陛下か……」
最近王太子から国王になったウドロークが、カトレアの浮気相手だと考え、精霊王国へと向かう。しかし……。
「いない……? そんな筈は無い! あの女は陛下との子を孕んでいたのですよね!?」
「私との子を? ナイトスター公爵。おかしな事を言うお方だ。私は彼女とは五年も会っていないのだぞ? 本当に私の子を産んだのなら、何故五年もの間私にそれを言わなかった?」
「そ、それは……陛下に迷惑をかけると思ったからでは……と存じ上げます」
「迷惑なものか。今だからこそ貴殿には話すが、私は彼女に告白し私の国に来ないかと誘ったのだ。しかし、断られた。自分はナイトスター公爵の妻だからとな。貴方には相応しくないと、私はフラれたのだよ」
「そんな事が……」
「今思うと、彼女は酷く傷ついていた事があった。貴殿が彼女を大切にしていなかったからだろう。大方私では無く他の男と関係を持ち、子が出来たのではないか? そうであってもおかしくはないであろう?」
「…………」
何も言い返せなかった。精霊王となったウドロークとの謁見をし、ここに逃げて来た筈のカトレアの居場所を聞いて連れて帰るつもりだった。でも、ウドロークの様子を見るに、本当に彼女はここには来ていない。話が本当であれば、関係を持ったとしても、他にも男がいてもおかしくは無い。あの頃の自分はカトレアに興味が無く、他に男を作っていたとしても気付かなかったからだ。
段々と顔が下へと向いていき、ケレムは謁見の間に敷かれた真っ赤な絨毯を見つめた。
「困ったものだな。ナイトスター公爵ともあろう者が私を疑うなどと」
「申し訳ございません……」
「貴殿には世話になった事がある。今回の事は不問として見逃してやろう。しかし、一つ進言してやる。これ以上の調査はやめておけ。これ以上は貴殿の首を絞める事になるぞ? 貴殿は公の場で恥を晒したくないのであろう?」
「っ!?」
目を見開き、ケレムは顔を上げてウドロークと目をかち合わせる。ウドロークは笑みを見せているが、それは警告だと言っているようだった。
ケレムは理解した。確かにカトレアとウドロークの間には肉体関係があったのだと。しかし、それがフリールの父親と言う証拠にはならない。本当に彼女はここに来ていないのだろう。調べても見つからなければ、どう転んだって自分の負けだ。例え二人の間に何かがあったとしても、カトレアがいないのならば自分は道化になるだけ。調べている内に世間に知られ、妻に浮気されて夜逃げまでされた哀れな男と言うレッテルを貼られる。外面を気にするケレムにとって、それは何よりも屈辱だった。
「本当に申し訳ございませんでした。とんだ無礼をしてしまった事をお詫び申し上げます。差し出がましいようですが、出来ればこの事はご内密にして頂きたく存じます」
「よかろう。私も鬼では無い。女に逃げられ、子も連れて行かれた貴殿に同情しないわけでは無い。この事は私と貴殿だけの秘密としようではないか」
こうして、ケレムのカトレア捜索が幕を閉じた。しかし、彼は諦めたわけでは無い。この屈辱を晴らす機会を窺い、ゆっくりと、そして着実にカトレアの居場所を探るべく動くのだった。
◇◇◇
「ママ! 見て見て! 木の実がいっぱいだよお」
「まあ。本当ね。今日は木の実を使ったスープにしましょうか」
「やったあ!」
ここは食恵の国オールクロップのとある森の中。人里から少しだけ離れた森の中に小さな小屋が一つポツンと建っている。そんな人気の無い森の中で、カトレアとフリールがひっそりと暮らしていた。




