聖女、意地悪を思いつく
ここは天翼学園の敷地内にある平民用の旅館の食堂。ウドロークとその側近とカーリーを見つけたミアは、昨日のミントの件も含めて話をしに来ている。と言っても、今回の目的はウドロークの人柄の確認だ。ラーンとの関係を問い詰める為に来たわけでは無い。ミアは彼と話をして、どんな人物かを知る事で、悪い事をするような人物かどうかを見極めようとしているのだ。
しかし、カーリーが料理が得意と聞いて、ミアはそれを忘れてしまっていた。でも、心配はご無用だ。ルニィママのおかげでミアも漸くその事を思い出し、気持ちを改めてウドロークと向かい合ったのだから。
「昨日、ワシの友人のミントが襲われたのじゃ。襲われた直前に襲った人物がお主と一緒にいたと聞いてのう。その事について話を聞きに来たのじゃ」
「そう言う事でしたか」
ウドロークは爽やかな笑み……では無く、申し訳なさそうに眉尻を下げた。それが演技かどうかは分からないけれど、少なくとも悪い印象をミアは受けなかった。と言っても、ラーンのいた煙獄楽園は民を“駒”や“役者”で例えていた国だ。彼女と関わっている以上、これが演技と言う可能性だって少なからずある。
実際に申し訳なさそうな表情を見せたのはほんの少しだけで、直ぐに爽やかな笑みに戻っている。自分には関係無いとでも言いたげだ。実際にそうだとしても、そこで笑みに戻るのは違うと感じるミアは、だから良い人そうだなんて考えは持たなかった。
すると、ウドローク本人では無く、側近が前に出て話し始める。
「どうやら聖女様は誤解なされている様です。昨日の事件は陛下には関係のない事です」
「その場にいたのじゃろう?」
「聖女様の仰る通り、陛下や私はその場にいました。と言いましても、事件が起きる直前までいたと申し上げた方が正確でしょう」
「ふむ」
「既に知っている事かと存じますが、その場にはラーン=ナイトスターと言う名の学生もいました」
「知っておるが、それがどうかしたのじゃ?」
「犯人はその学生の護衛です。近くを通った馬車を突然追いかけて行くのを見ました。遠目に襲っている瞬間を見ましたが、陛下も、私もその行動に理解が出来なかったのです。しかし、私は護衛も兼ねています。突然の事に困惑もしていられません。陛下をお守りせねばならぬ立場の為、陛下をお連れしてその場を去りました。彼が突然馬車を襲った理由は知らないのです」
「だからお主等は関係無いと言いたいのじゃ?」
「仰る通りです。流石は聖女様ですね。ご理解が早くて助かります」
「ふむ」
(と言うか、ワシはウドロークから聞きたいのじゃが……何で急にこ奴が話し出したんじゃ?)
自分の侍従のルニィたちなら絶対にしない口出しに、ミアは益々怪しいと考える。
実際この世界の従者たちは、自分から主たちの会話に口を挟む事はまずしないので、この側近がした事はかなり失礼な部類に入る行為だと言えるだろう。それこそ、自分の従者の教育も出来ないのかと主の名を汚す程の。
でも、精霊王国ではそれが普通なのか、ウドロークは側近を咎めようとはしなかったし、特に何も気にしていない様子。そこでミアはちょっとした意地悪を思いつく。
「だいたい分かったのじゃ。それでウドローク陛下はどう考えておるのじゃ?」
「は? ですから、それは私が言った通りの事を陛下もお考えです」
「ふむ」
頷きつつ、ミアはウドロークへと視線を向ける。しかし、彼は爽やかな笑みを見せるだけで、何も話そうとはしていない。それを見て、ミアは逆に楽しくなって更に意地悪を思いつく。
「では、ええとお主、何て名前じゃ?」
「私はフカース=ギンダールと申します。以後、お見知りおきを。聖女様」
「うむ。ところでフカースさん。お主がワシの質問に代わりに答えるなら聞くのじゃが、ネモフィラの事はどう思っておるのじゃ?」
「はい?」
「昨日ネモフィラを口説いておったと聞いたのじゃ」
「そう言う事であれば私がお答えしましょう。私は彼女に――」
「む? ウドローク陛下。ワシはお主には聞いておらぬ。フカースさんに聞いておるのじゃ。お主はワシの質問に答える気が無いのじゃろう?」
「――っ」
ニヤリと下卑た笑みを浮かべて、聖女がしてはならない顔になるミア。その顔は何処か楽し気で、性格の悪さが窺える。本当にこのアホ。じゃなくて聖女。聖女らしからぬ行動が大得意である。
これにはルニィたち侍従も頭を悩ませ――てはいなかった。と言うか、フカースが会話に割って入ったあたりから、滅茶苦茶ウドロークやフカースを敵視している。まあ、さっきのカーリーとのアレを見てからと言うのが、正確な所だけども。




