究極の二択
聖女……それは、この世界で唯一無二の存在。神のように、時には神同等と崇められ、世界で最も上位の存在。聖女の前では一国の王ですら跪き、首を垂れる。
この世界は聖女に救われ、そして導かれて今がある。それ故に聖女は人々の前に立ち、全ての種族、そして人類を導くと世界中で伝承されている。
「ワシは聖女では、そんな立派なものではないのじゃ! 冬に誕生月があるだけの、ただの五歳児なのじゃ!」
「またまたご謙遜を。なんと言う謙虚なお心。流石は聖女様です」
ミアの言葉は残念ながら流されて、ただ好感度が上がっただけ。チェラズスフロウレスの国王はミアの前で当然のように跪き、会場に集まった大人達も同じように跪いていた。唯一そうで無い者がいたが、それはミアの母親だ。と言うか、ミアの母親は突然の娘への聖女様発言に度肝を抜かれて、驚愕のあまり放心している。
母親はミアがどれだけ属性を隠そうとしても、目の前で魔法を使われたりしていたので、それが特殊な事は察していた。だけど、せいぜい【光属性】程度だろうと思っていた。しかし、それがまさかの【聖属性】だったのだ。母親にとってミアの属性は、思考が停止する程の真実と言える。
因みに、光属性と言うのは【火】【水】【風】【土】などの基本となる四つの属性とは別の属性で、これもまた珍しいものだが使用できる者も稀にいる。と言っても、光の属性も何十年、もしくは何百年に一人の割合。だけど、聖属性ほどのものではない。それ程に聖属性が特別なのである。
「違うのじゃ。謙虚も謙遜してもおらん」
「ところで聖女様。昨晩の話ですが、この村にある雑木林に行きませんでしたか?」
「さ、さあ? ワシは家でお留守番しておったから知らぬのじゃ。それよりワシは聖女様では無いのじゃ。一般人なのじゃ」
「またまた聖女様は本当に冗談がお好きですね」
「ぬぬう。母上ぇ……」
ミアが涙目で助けを求めると、漸く母親がハッと我に返る。
「あ、あなたが聖女様だったなんて……」
「母上までワシを聖女さまだなんて言わないでほしいのじゃ。ワシは聖女じゃないのじゃ。ただの人間、ヒューマンなのじゃ」
「でも、ミアは聖属性だったんでしょ? それじゃあ……って、私ったら。聖女様に敬語も使わないなんて」
「敬語なんてしないでほしいのじゃ! 母上は母上なのじゃ!」
ミアが涙目で訴えて、母親は「でも……」と動揺した。すると、そんな二人の会話を聞いていた国王が、とても優し気な笑みを浮かべて母親に話しかける。
「聖女様のお母様。確かに貴女の言うように、聖女様には敬意を払うべきだ。しかし、貴女は聖女様の母親です。貴女は母親として、今まで通りに接してあげて下さい」
「まあ。そんな。国王様が私などにその様な言葉を……。恐縮です。国王様の仰る通り、ミアの母として、今まで通りに接してあげようと存じます。ミア、やっぱりお披露目会に来て良かったわね。私はミアの母として誇らしいわ」
母親が微笑み、国王は頷き、ミアは母親の“やっぱりお披露目会に来て良かったわね”発言で思い出してしまった。
(そうじゃ! ワシは処刑を迫られておったのじゃ! なんと言う事じゃ。国王が昨晩の事を聞いたと言う事は、もしかしたら探りを入れてきたのかもしれぬ! 大変なのじゃ! “聖女”か“処刑”の二択を迫られていると同意ではないか!)
違います。とは言え、ミアの中ではそう言う事になっている。
ミアは今、二度目の人生で最大の選択を迫られている。聖女になる道か、処刑される道の、生か死かの二択。実際はそんな二択は存在しないのだが、ミアはアホなので気づかない。
(ぬううおおおおお! どうすればいいのじゃあ!)
どうもする必要が無いのだが、それを言ってくれる者はここにはいない。そもそも勝手に勘違いして誰にも相談せず、勝手に悩んでいるのでどうしようもない。そして、そんなアホでおバカなミアは僅か二秒か三秒くらいで考えに考えぬいて、一つの答えを導き出した。
「ワシは確かに聖属性の魔法が使えるのじゃ。しかし、この通りまだ五歳児じゃ。この様な幼い年では、聖女として皆を導くなど出来よう筈も無いじゃろう。じゃから、成人するまで時間を貰えぬだろうか?」
これが、ミアが出した答え。
この世界の成人年齢は少し複雑で、ミアの兄が言っていた十六歳ぴったり……ではなく、十五歳を迎える次の年である。つまり十六歳の誕生日を迎えなくても、年が変われば皆一斉に成人になる。しかし、それでも時間稼ぎには十分な年月がある。今のミアは五歳なので最低でも成人までは十年あるのだから、それまでに聖女になる為に頑張るのではなく、ならない方法を頑張って考えるわけだ。そして、ここで一時的に聖女と認めた事で処刑を免れる事が出来る。
ミアにとってこれはまさに一石二鳥の名案だった。と言っても、処刑は最初からないので、名案ではなく迷案である。
「なるほど……。聖女様の仰る通りだと存じます」
ミアの出した提案は、意外な程にあっさりと国王に受け入れられた。
(やってやったのじゃあああ!)