密会の理由 後編
ラーンが“パパ”と漏らしたのを聞いた事があると告げたオーカの顔が恐怖に染まり、ミアは訝しむ。
記憶を失ってしまったからラーンの事をハッキリと知っているつもりは無いけれど、学園で会うかぎりでは怖いイメージはない。せいぜい面倒だとか演技が下手だとか捉えどころが無いだとか、そんな事を思うくらいだ。
しかし、こうまで怖がっている。何かあるのだろうと、ミアは「どこで聞いたのじゃ?」と話の続きを促す。すると、オーカが体を震わせて、震えた声で答えてくれた。
「私が魔従の卵を受け取る時に一度だけ……。パパの為に頑張りなさい……と…………」
(と言うと、聞いた話だと確かこの娘さんが暴走する直前くらいじゃろうか?)
「その時、貴女は……オーカはラーンに何かされたのですか?」
ミアが時期をいつだろうと考えていると、ネモフィラが質問して、オーカは首を横に振る。
「いいえ。何もしていないです。でも、当時は気にしていなかったけれど、今にして思えば不思議なのです。ラーン様は聖奉国で家族を偽っていました。でも、煙獄楽園に本当の家族がいるとも聞いた事がございません。ラーン様の“パパ”とは、いったい何方なのでしょう。本当に騎士王国のナイトスター公爵の娘なのでしょうか。それなら何故ウドローク陛下に“パパ”と仰っていたのでしょう? もしかしたら、私は聞いてはいけない事を聞いてしまったのではないかと思えてならないのです」
一気にそこまで話すと、オーカは震え乍ら自分の体を両腕で抱きしめて言葉を続ける。
「もしこれを誰かに言って、もしそれがラーン様に知られてしまったら! 私はラーン様に消されてしまうかもしれません! 魔従の卵の中に入れられるあの恐怖をまた味わう事になるかもしれません! 私はそれが怖いのです!」
オーカは魔従の卵を使って体を乗っ取られ、暴走した。そしてその間は魔従の卵の中に封印され、苦しんでいた。あの時の恐怖が、オーカをここまで怯えさせたのだ。でも、それでもミアに話をしようと考えたのは、理由があった。
オーカは震えながらもミアに顔を合わせ、目に涙を浮かべて言葉を続ける。
「私はあの方が怖いです。でも、両足の自由を失っても敵と立ち向かう聖女様の姿を見て、決心しました。私も勇気を出して立ち向かおうと。試合で貴女様の戦う姿に、心を打たれたのです」
「それならもっとしっかりと戦うべきだったかもしれぬのう。殆どお茶を飲んで過ごしてしまったのじゃ」
「いいえ。いつ敵が現れるかもしれない試合の中で見せて頂いたあの余裕と、最後の土壇場で見せた聖女様とネモフィラ殿下の戦いこそが、私の心を動かしてくれました。本当にありがとうございます」
「うむ……」
(と頷いてはみたものの、なんだか照れくさいのじゃ。本当にもう少し真面目にやれば良かったのう)
ミアは少しばかり反省して、二試合目は真面目に頑張るかと考える。そんなミアにオーカは笑みを見せ、深く頭を下げて再び「ありがとうございます」とお礼を告げた。
しかし、問題は解決していないと言える。もしオーカが教えてくれた“ラーンのパパ”の存在が本当だとすれば、果たして誰なのか? 煙獄楽園にラーンの家族がいないと言うのは実際に本当の事で、彼女の家族構成は謎に包まれている。それは天翼会も未だに掴めない情報だった。
だから、代表としてこの場に参加しているリリィが、申し訳が無さそうに口を開く。
「ラーンは何もかもを偽っていて、本当の父親が誰か分からないの。だから今は何とも言えないけど、これは私達のミスでもあるわ。そこはごめんなさいね。学園に通う生徒の家族構成は詮索しない事になっているのよ。才能のある子なら孤児も受け入れるようにしていたから。そんな子達の家族を探るのは酷でしょう? だから、平等に全員を詮索しない。それが決まりなの」
「そこは仕方が無いじゃろうな。そう言えば、確か貴族のみが入学出来ると言うのもワシ等のチェラズスフロウレスくらいじゃったか?」
「はい。わたくし達の国は他国と比べて国土が広く、その分だけ領地の管理を任されている貴族も多いのです。だから、他国と比べて貴族の数も多いですし、貴族ばかりが入学出来るようにとお父様が決めていらっしゃいます」
「貴族が多いのに一般人が貴族を差し置いて入学したら、貴族のメンツが潰れて争いの下になるじゃろうし、仕方が無いじゃろうな。……と、話がそれてしまったのう。ラーンの“パパ”なる人物を調べるのも苦労しそうじゃ。天翼会でも把握が出来そうにないのじゃろう?」
「そうね。せいぜい裏会員のモーナに身辺調査をお願いするしかないわね。入学の時に詮索しないって契約があるのだから、表沙汰には出来ないもの」
謎に包まれた“パパ”の存在。もしかしたらラーンの行動原理の元がこの謎の“パパ”かもしれない。と、ミアたちは話し合いの結果で予想する。そして、その“パパ”が密会していた精霊王国の国王ウドロークの可能性がある。しかし、彼は評判のいい良き王だし、そもそもラーンはナイトスター公爵の正式な娘と公表されている。
ここは慎重にいくべきと考え、この件は極秘となった。




