聖女への幻想は打ち砕かれる
二つの宝“ネックレス”と“マント”を奪ったネモフィラは、再び華麗な舞いを見せてミアの許へと帰っていく。
滑って転んでを繰り返す生徒等の妨害があるけれど、殆ど無いに等しい。ミアが魔法で地面を滑りやすくしてしまっているので、彼等は立つ事もままならないからだ。こんな状態では魔装を出した所で狙いも定められないし、氷の上を華麗に舞える今のネモフィラなら簡単に避けてしまえる。
しかし、そんな時に現れたのが、ディアボルスパラダイスの“キング”だ。ディアボルスパラダイスの“キング”は、試合開始直後にディアボルスパラダイス寮の裏に隠れて、そこで二人だけ護衛を付けて指示を出していたのだ。
つまりはこの“キング”こそが魔力を読み取れる生徒であり指令等。
天翼学園四年生で名はマルファス。王族では無いが、彼の父親は一個師団の団長を務めあげる男。その息子だけあって専門的な英才教育を受けている。それが“キング”に選ばれた理由でもあった。
そんな彼の容姿は、背にはカラスのような黒い翼を持っているけれど、鳥人では無く魔人の少年だ。身長は二メートルあり、肌は日焼けしていて黒く、程よい筋肉がついている。それは毎日の鍛錬によるもので、鍛え抜かれた体だ。彼の実力はハッカ以上と言えるだろう。
そんな彼の容姿だけを見れば、とても指令等には見えないタイプの少年だ。しかし、筆記試験では学年上位の成績を収めていた。
「聖女様自らが態々来るとはな。彼等には運が無い。貴女様の登場に動揺して力を発揮出来なかったようだ」
「うむ。そうなるように作戦を立てたから当然なのじゃ」
「っ!」
少し嫌味を籠めて告げた言葉を否定せずに同意して頷くミアに、マルファスは驚いた。
心優しく甘い性格の聖女なら、今の言葉で罪悪感を抱くと考えたからだ。まずは精神的なダメージを与え、戦意を奪う。その予定だった。しかし、そんな事にはならなかった。
ミアは罪人にも救いの手を差し伸べる程に慈悲深く、世界で一番優しい聖女様……と言われている。そんな聖女が、まさか相手の動揺を作戦に組み込んで陥れるなど思うはずもない。
おかげで動揺を誘ったマルファスが逆に動揺してしまう。
「残り五分も切っておるし、実況者がハッカの様子を教えてくれぬ。すまぬがお主には退場してもらうのじゃ」
「――っ」
ミアがミミミピストルに風の弾丸を籠めて放ち、その直後にはマルファスの額はその直撃を受けていた。彼はわけも分からずに白目を剥いて気を失い、その場に倒れて周囲が驚きに包まれる。
そして、それは観戦者や実況者たちも同じだった。
『あ、あれ? おーい。メリコちゃん』
『へ? ジャスミン先生……?』
『ほら。実況、実況ー』
『あ、あああ! はい! ど、土壇場で見せてくれました! 流石は我等が聖女ミア様あああ! 魔人の国ディアボルスパラダイスの“キング”マルファスを討ち取って、彼等の敗戦が決定したぞおおお!』
どんなに体を鍛えていてもミアの前では無に等しい。両足が動かない彼女は、決して弱者では無いのだと思い知らせる。それが証明された瞬間だ。
おかげで何をしていると騒いでいた保護者や貴族等はミアの活躍に度肝を抜かれ、言葉を失って口を閉じた。
世間では、僅か六歳か七歳の少女ミアは足が動かなくても笑みを絶やさず、他者への配慮や愛を忘れない慈悲深く可憐で美しい聖女だと思われている。争い事を好まず、世界の平和を願う奥手な聖女様。戦場にも立った事が無いような、我々が護らなければならないお方なのだ。と、ミアの事を知らない世界中の人々は思っていた。
しかし、この瞬間に聖女への幻想は打ち砕かれ、誰もが自分の目を疑った。到底信じられる筈も無い。今世に現れた聖女様は、誰かに護られる存在とは程遠く、前戦に出ても圧倒的戦力で勝利を掴むだけの強さを持っていたのだから。
「いかんいかん。撤収じゃ」
「はい!」
ネモフィラがミアに抱き付いて、その次の瞬間にミアが車椅子に付与していた魔法を発動。直後に車椅子の車輪がもの凄い回転をして移動を始め、瞬き一つを終える頃にはチェラズスフロウレス寮の拠点へと到着していた。
「任務完了じゃ」
そうミアが告げた直後に第一試合の終了を知らせる鐘が鳴る。すると、丁度それと同時にハッカとルーサが息を切らし乍ら、宝の一つ“クラウン”を持って戻って来た。どうやら彼女たちも上手くいったらしい。ギリギリでセーフだ。
チェラズスフロウレスの集めた宝の数は全部で三つ。実況者メリコが驚きのあまりに実況を忘れてしまう程の鮮やかなミアの手腕。圧倒的な完全勝利だ。




