正義馬鹿の決意
『これはどうした事でしょうか? 愛の告白と思いきや、出た言葉は宣戦布告だったようです』
『貴女の早とちりだっただけね』
『いやいや解説のプラネス様。私はまだ告白の可能性を信じますよ。運命の出会いとか言ってますし、恥ずかしいのか顔もよく見れば赤くなっています。これは盛大な照れ隠しでは無いでしょうか?』
観戦会場でメリコとプラネスが話し始め、それはハッカたちのいる畑にも聞こえている。ハッカは特に気にしていないけれど、対するレッキはそうでも無かった。彼は顔を赤らめさせ、眉間に皺が寄っている。これは照れからくる恥じらいと言うよりは、怒りで血が上っていると言った方が正しいだろう。
「おのれメリコ=ンータめえっ。後で抗議してやる」
「ふん。正義を名乗るわりには小さい事にこだわるんだな」
「何?」
「私を偽善と呼びたければ呼べばいい。私の正義は揺るがない」
「気にいらないな。他者の正義を認めないどころか、他者の意見も聞く耳を持たんと言うわけか」
レッキは地面に突き刺していた金棒を持ち上げて、再び自分の肩の上に乗せた。そして、ハッカを睨んで言葉を続ける。
「お前のような女は、男が女に暴力を振るうのを悪と呼ぶのだろう。だが、この俺は全てを平等に裁く! 俺はお前を殴る事に遠慮などしないぞ!」
レッキが駆け出し、同時に仲間の五人も駆け出す。巨体とは思えない速度で走る彼等は一瞬でハッカや仲間たちを間合いにいれて、それぞれが攻撃を仕掛けた。
しかし、レッキは一つ、勘違いをしている。
「つまらない冗談だな」
「っ!?」
「悪に女も男も関係無い。正義の前では性別の差なんて些細な事だ。必要なら殴れば良い。それで救われる者だっているだろう」
「――ぐっぁ……っ」
ハッカの魔装の矢がレッキの左足の太ももを貫いた。レッキは転がるように倒れて、動きが止まる。
『これは辛いぞレッキ選手ううう! 告白失敗でキューピットの矢では無くボウガンの矢が刺さって玉砕だあ!』
『上手い事を言ったと思っているかもしれないけど、全然上手くないから。それより、彼女は流石ね。煙獄楽園との戦争に参加していただけあるわ。あの一瞬で他の生徒にも矢を放って、全員を一人で戦闘不能に追い込んでいるわ』
『おおおお!? 本当です! これは凄い! プラネス様の言う通りではないですかあ! 皆さん見て下さい! 他の生徒も倒れています! しかもこれは、なんと魔装の力を使っていません!』
メリコが叫ぶ通り、ハッカは魔装を使いつつも、その性能を発揮させていない。魔力を奪う植物が生える種を植え付けていないのだ。しかし、それでも十分だろう。レッキ以外の生徒等は矢を受けて倒れて、そのまま動けなくなってしまったのだから。
勿論これは試合なので全員生きてはいるが、彼等はここまでだ。これ以上の試合への参加は不可能と判定され、この場で退場となる。
唯一まだレッキだけは、自ら矢を抜いて立ち上がった。
「やってくれたな。ハッカ=K=ヤンガーラ!」
「プラネスが言っていただろ? 煙獄楽園との戦争と。私はあの戦争で自分の無力を痛感した。どんなに正義を掲げても、強い悪には蹂躙されるんだ。それがどれ程に惨めな事か、私は知らなかった」
「何をごちゃごちゃと! お前こそが悪だと知れ!」
レッキが魔法を使い、金棒を炎で纏う。それは触れずとも身を焼きそうな程に熱を帯び、周囲一帯の気温が上昇して、積もっていた雪も勢いよく溶けていく。
「今度は油断しない! この猛り狂う炎を纏う金棒で、二度と正義などと口に出来ないように痛めつけてやる!」
「正義とは程遠いな」
レッキがハッカを再び間合いに入れて金棒を振るった。けど、ハッカには通じない。
「自身を犠牲にしてまで悪をも救う彼女こそが、私の求める正義だった」
レッキの攻撃を躱し、駆け抜け、背後に回る。そして、心臓がある辺りに魔装をピタリとくっつけて、引き金を引いた。
「あんなにも悲しい正義は見た事が無い。あの子を護る為に、私は自分の正義を捨てて強くなる」
彼女の目には決意が見えている。レッキは目を見開いてその場で膝をつき、血飛沫が舞い――は、しなかった。
『おおっとお!? これはどうしたあ!? ハッカ選手。今度は魔装を使わず、魔法でレッキ選手の全身を水で覆ったぞおお!?』
『賢明な判断ね。あのまま撃っていたら、間違いなく彼は死んでいた。ジャスミン先生。この場合は判定で彼を戦闘不能とみて良いのではないでしょうか?』
『あ、うん。そうだね。レッキ君は戦闘不能と見なします』
プラネスの意見にジャスミンが同意して判定を下す。これも観戦会場で試合の様子を見守る彼女たちの仕事の一つである。
「一つだけ言っておく。他者の正義を認めない私を偽善者と否定するなら、同じく他者である私の正義を認めないお前も偽善者だ」
ハッカは呟くと、何も出来ずに戦いを見守っていた仲間たちと宝探しを開始した。




