聖女の過去(3)
「ふっふっふっ。母上も父上も兄上も寝静まっておる。今が自由な大地へ歩む時じゃ」
深夜になって皆が寝静まると、ワシの自由時間が始まるのじゃ。
眠くないかと思うかもしれぬが、ワシは一歳児。お昼寝していても誰にも邪魔されぬし、それ故に今日は図書館で気が付いたら二時間ほど寝ていたのじゃ。夕ご飯を食べた後にも直ぐ寝たし、今はおめめがパチパチじゃ。
そんなわけで忍び足で家を飛び出して、ワシは夜の散歩に出かけるのじゃ。こんな田舎では危険は無いし、野生の獣や魔物も森や村外れにいかぬ限りは出て来ぬ。ある意味では前世で暮らしておった日本よりも安全じゃ。
「おお。やはり光る魔石は綺麗じゃのう」
こんな田舎では街灯も無いので、ワシは家から持って来た発光する魔石をポケットから取り出したのじゃ。星の光を頼りにするのも構わぬが、正直心もとなくもある。だから、こうして道を照らせる明るい物を持って来たのじゃ。
そうして歩き続けて暫らくすると、図書館から帰る時に母上に抱っこされて見た丘まで辿り着いたのじゃ。今まで気が付かなんだが、丘の上で見る星空は格別に綺麗だと思うのじゃ。足を運んで来たのも、ここで星空を眺める為じゃ。
(む? あ奴は……ドワーフのお姉さんなのじゃ)
丘の上まで進んで行くと、昼間と夕暮れ時に見たドワーフのお姉さんがいたのじゃ。でも、近づいて分かったのじゃが、座ったまま寝ておる。よく見れば体操座りをしておるし、この座り方は異世界でもあるのじゃなあと、ワシはしみじみと思ったのじゃ。
「お姉さん。こんな所で寝ておると風邪をひくのじゃ」
お姉さんは布団もかけずに寝ていたから、一先ず起こす事にしたのじゃ。
しかし、全然起きぬ。仕方が無いから体を揺らすのじゃ。
「起きるのじゃあ。春の国と言えど深夜は肌寒いのじゃぞお」
お姉さんは長袖の服を着ておったが、下は短パンじゃった。
人間の体は足から冷えるように出来ておる。まあ、ワシはそれ専門の者でもないし、ドワーフがワシ等と同じ体の構造かは謎じゃが、念には念をと言う言葉もあるのじゃ。気をつけるに越した事はないじゃろう。
だから、ワシは必死に揺らしたのじゃ。しかし、残念な事にワシは一歳。身長が七十センチくらいしか無いし、小さいから力も貧弱じゃ。全力を出しても大して揺れぬ。と言うか、ここまで歩いて来るだけでも大変だったから、もう疲れたのじゃ。
「あ。そうじゃ。魔法を使えば良いのじゃ」
ワシとした事が魔法の存在を忘れておった。
実はこの世界に来て母上や父上に図書館に何度も連れて来て貰っておる内に、ワシは魔法が使えるようになったのじゃ。しかも、何を隠そう珍しい光の属性じゃ。ちと制御が難しいのもあるし、公共の場で魔法を使って良い年齢やルールもあって、普段は滅多に使わぬがのう。
後、母上の目の前で使うたら、めちゃんこ驚いておった。あの時は生まれて間もなかったし、ゼロ歳児が使うには、ちいとばかし早すぎた様じゃ。
それはそうと、何を使おうかのう。
「よし。これにするのじゃ」
両手に魔力を集中させると、ぼんやりと光り出したのじゃ。
一先ず準備はオッケーじゃ。このままお姉さんのほっぺたに触れて、喰らえ! 光速ムニムニなのじゃ!
「あびゃびゃびゃびゃ……っ」
「あ。起きたのじゃ」
「ふぇ……っ? な、にゃに……っ? 何であきゃんびょう……っが!? え!? ひゃ、ひゃきゅ金の光!?」
「む……?」
ひゃきゅ金とは何じゃ? と言うか、お姉さんがワシの両手を掴んで驚いておる。確かこの世界の魔法は火か水か風か土の四つの属性が基本らしいから、珍しい光の属性を見て驚いたのかもしれぬ。
それにしてもこのお姉さん、近くに来て分かったのじゃが結構綺麗じゃのう。って、あ。そうじゃ。
「こんばんはじゃ。お姉さん。ワシはミアじゃ。こんな所で何をしてたのじゃ。眠っていた様じゃが、こんな所で寝ていたら風邪をひくのじゃ」
「へ? あ、ああ。うん。こんばんは。私はジェンティーレよ。ここから海を眺めていたのって、えええ!? 赤ん坊が喋った!?」
「海なのじゃ?」
言われるまで気が付かなかったのじゃが、周囲を見回して気が付いたのじゃ。
この丘からは海が見えるらしくて、星空が海に映し出されてとても綺麗なのじゃ。こんな綺麗な景色が見れるなんて何だか得した気分じゃ。




