聖女の想いと暗躍する大根役者
幽閉されたミアたちの前に突然現れたラーンは演技染みた笑みを浮かべると、ゆっくりとミアに近づいた。そして、ミアの頭の包帯が取れているのを見ると、つまらなそうな顔になる。
「貴女が怪我をしている姿を見たかったのに残念ね」
「なんじゃお主。ワシを笑いに来たのじゃ?」
「そうよ」
ラーンは何の悪びれた様子も見せずに即答すると椅子に座り、机に肘を乗せて頬杖をついた。
「と言っても、それはついでよ」
「ラーン。貴女は何を考えているの?」
「あら。サンビタリア先生。それを話す義理なんてあると思います?」
「なんですって」
「さ、サンビタリア様。落ち着いて下さい」
挑発するようなラーンの言葉に、サンビタリアが怒り一歩足を踏み出すと、ブラキが腕を掴んで止めた。すると、その様子を見てラーンが「へえ」と演技染みた笑みを見せ、直ぐにダイヤに視線を向ける。
「ところでフレイ様。この人達と随分仲良くなられたようですね。聞きましたよ。降伏を求めて捕まったって。本当に馬鹿な人」
「私は……っ」
「ふふ。でも、仕方が無いですよねえ。だって、大好きな家族が他国に――」
「これ。やめんか。ラーン。お主のそう言う所はよくないのじゃ」
ラーンのダイヤへの挑発が目に余ると感じたミアがそれを注意すると、ラーンはつまらなそうな顔をする。でも、直ぐにミアと目をかち合わせ、再び演技染みた笑みを見せた。
「ミア。それに他の三人も気が付いていないみたいだけど、私がこの部屋に入って来たから、今は扉が開いているわよ」
「お主、ワシ等を逃がしに来てくれたのじゃ……? 珍しいのう」
「今回だけよ。だって、こっちの方が面白そうでしょう?」
「…………」
(こ奴はいったい何がしたいのじゃ?)
「ふふふふ」
ミアがラーンの行動に訝しみ眉を寄せると、ラーンは楽しそうに笑みを浮かべて立ち上がり、扉に向かって歩き出す。そして、最後には「鍵は開けておくわね」なんて言って出て行った。
ラーンの目的が謎だけれど、これを利用しない手は無い。ミアたちは直ぐに出ようと部屋から抜け出し、周囲を警戒してこれからどうするかを話し合い乍ら慎重に歩き出した。
「ワシはチコリーとクリアとムルムルが心配だから一先ず修道院に戻るのじゃ。お主等も来るか?」
「いいえ。私は前戦で戦っている仲間の許に行くわ。途中でディオールを見つけられるかもしれないし、それに、実はヘルスターとアンスリウムがこの城の何処かにいるのよ。だから、この事を早く知らせなくてはならないわ。あの二人はチェラズスフロウレスの事を知り尽くしているから、注意が必要だもの」
「っ! お主、あの二人がおる事を知っておったのじゃ!?」
「え? もしかしてミアも知っていたの?」
「う、うむ。と言うても、ワシはヘルスターに頭を殴られて気を失ってしもうて、殆ど何も分からぬ。気を失う直前に見ただけじゃ」
「あの男が……っ。本当に何処までも鬱陶しい男ね。ヘルスター=グレイマル」
「……念の為じゃ。話し乍ら最近仕入れた情報を交換するのじゃ」
「ええ。分かったわ」
「そうですね。私の情報もミア様達へお渡しします」
周囲を警戒し乍ら進み、ミアとサンビタリアとブラキ、そしてダイヤはそれぞれの情報を伝え合う。そして、情報を伝え終わる頃には、ダイヤのおかげで城を裏口から抜け出す事に成功した。
「ブラキ。お主はサンビタリア殿下をお護りするのじゃ。頼んだのじゃ」
「お任せ下さい。必ず護ってみせます」
「ミア。気をつけなさいよ。今の貴女にはあの魔道具が無いのだから」
「うむ。でも、七色のブレスレットが無くとも上手に隠れて修道院に向かえば良いのじゃ。それにダイヤさんがついて来てくれるから心配はいらぬ。それよりもサンビタリア殿下も気をつけるのじゃ」
「ミア様。お急ぎを。私達が抜けだした事が気付かれたようです」
城内の方角を警戒していたダイヤが追手に気が付き知らせると、ミアとサンビタリアとブラキも城へと視線を向け、段々と騒がしくなっていっている事に気が付いた。
「ミア……」
「うむ。ワシ等の目的は戦争を止める事じゃ。無駄に人を殺すだけの戦争なんて認めるわけにはいかぬからのう」
四人は顔を合わせて頷き合い、別れる。戦争を止める為。その為に走り出す。
ミアは魔力を読み取り、チコリーとクリアとムルムルが修道院にいる事を確認して先を急いだ。
そして、城を囲む塀の上から、その様子を楽しそうに見つめるラーンの姿。
「見せて頂戴、ミア。役者に選ばれた貴女が、この大舞台をどう演じるのか。あの反吐が出る程に気持ちの悪い白金の光でね」
そう告げたラーンの手には、朝陽に照らされ輝く七色のブレスレットがあった。




