勘違い令嬢は聖女をおかしな属性に変える
サンビタリアが非難の声を浴びている中で、ミアは困り果てた顔で「どうしたものかのう」と呟いて周囲を見回した。ここで自分が出て行っても意味が無いだろう事はミアにも分かる。サンビタリアに声を上げているのは全員が天翼学園に通う学生たちで、つまりは自分よりも年上ばかり。たかが五歳児が止めに入った所で、まともに聞いてくれる者はいないだろう。しかも、隣に立つネモフィラがサンビタリアの妹だと言うのに止める気が無いようなのだ。
「お姉様が犯人だとは思いませんけど、これに懲りたらミアに酷い事をしなくなるかもしれませんし、良い機会かもしれません」
「フィーラ。それはあんまりなのじゃ。流石にこのまま犯人にされる事は無いじゃろうが、このままでは可哀想なのじゃ」
「ミアはもっと酷い事をされてきたと、わたくしは知っているのですよ。ミアがお姉様の侍従たちから嫌がらせを受けていた事。それをミアが、命令された事なら逆らえないし仕方が無い。と、許していたのですよね。ミアが許しても、わたくしは絶対に許しません」
「嫌がらせと言っても、たかが偶然を装って水を頭からかけられたりとか、その程度の事なのじゃ。それに今はワシの事はどうでもよかろう? そんな些細な事よりも、この場をなんとかせねばならぬのじゃ」
「些細だなんて……」
ネモフィラが眉根を下げて深く悲しんだ。
ミアの言う通りではある。サンビタリアはエントランスホールに集まる子供たちの殆どから非難の声を受けていて、今では物まで投げられている。ツェーデンが庇って飛んでくる物を代わりに受けているが、それでも幾つかはサンビタリアにも当たっていて、既に怪我もしていたのだから。
それでもネモフィラはミアの方が大切で、サンビタリアを可哀想だとも助けたいとも思えなかった。だけど、ミアは些細な事と言う。まるで自分が酷い事をしている気分になった。でも、そんな時だった。
「あの……。ミアは……サンビタリア様から酷い事をされていたの……ですか?」
いつの間にそこにいたのか、ミントが現れて質問した。おかげでネモフィラは悲しい気持ちを切り替える事が出来て、ミントに感謝して答える。
「ずっとされていました。お姉様は天翼学園に行っている間も、ご自分の派閥の者を使って他にも色々と嫌がらせをしていたのです。バイオリンのお稽古の時間に、ミアのバイオリンに細工をして手に怪我をさせた事だってあったのですよ」
「そう……だったのですね…………」
「フィーラよ。そこ等の話は口外禁止なのじゃ」
「そうですけど、でも、お友達に内緒は良くないのでいいのです」
「ぬぬう。そう言う問題では無いのじゃが、まあ、もう言ってしまったもんは仕方が無いのじゃ。ミントは口外せんようにしてほしいのじゃ」
「う、うん……」
「さて、それはそうと、ワシはちとトイレに行って来るのじゃ」
「だったらわたくしも――っ。えっと、やっぱりやめておきます。いってらっしゃい。ミア」
「うむ」
「え……? こんな時に……トイレ?」
ミアが軽く手を振ってトイレに向かい、その後ろを侍従たちがついて行く。その姿にミントは目をパチクリとさせて驚いた。何故なら、ミアはさっきまでこの場を治めようとしていたからだ。少なくともミア自身が“なんとかせねば”と言っていたのに、この場を放置してトイレに行くなんて信じられなかった。いや。酷い事をされていた事を聞いた後だったから、その信じられないと言う気持ちも直ぐに消えた。
「やっぱり……酷い事をされたから、恨みがあるんですね」
「いいえ。そうではないですよ」
「え……?」
ミントはまさか否定されるとは思わず驚いて、ネモフィラに視線を向けた。すると、ネモフィラは複雑な表情で、でも、柔らかな微笑みを見せて首を横に振るう。
「で、でも……お言葉……なのですけど、サンビタリア様が……こんなにも大変な目に合っている……のに、それを放ってお手洗いに……行くなんて…………」
「実は違うかもしれませんよ」
「え?」
「だって、ミアは“王子さま”ですもの」
そう言ったネモフィラの顔はほんのりと頬が染まっていて、そして何よりも信頼している想い人に向けた表情だった。
まだ五歳なので当たり前に色恋沙汰に疎く縁の無いミントには、その言葉に、そしてその意味しているものがなんなのかが分からなかった。だけど、そんなミントにも一つだけ分かる事があった。それは、ミアと言う礼儀を知らない失礼な少女が、ネモフィラから羨望したくなる程に信頼されていると言う事。そしてそれは、おかしな結論へと向かっていく。
(ネモフィラ様から“王子さま”と信頼されているミア……っあ! もしかして、ミアは女装している殿方……いいえ。どこかの国の“王子さま”で、まだいないと言われていたネモフィラ様の婚約者の方なのかもしれない!? それなら王族に対して失礼な発言なのも説明がついちゃう。わわわわわわわ。どうしよう。私、とんでもない事に気がついちゃった!)
違います。とは言え、それを否定する者はここにはいない。そもそも心の声に否定なんて誰も出来ない。と言う事で、ミントの心の中でミアが女装男子ならぬ女装王子になった瞬間である。
(ミア……いいえ、ミア様。私の方こそ今まで失礼な事を言ってしまって申し訳ございませんでした!)




