緊急事態発生
ミアの目の前に置かれた五十センチ程の大きな小鳥のぬいぐるみ。その中に修道院の院長の魂が入れられていると聞きミアが驚いていると、エマティスは気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「君達の院長もこの通り今は眠っている様だし、どうかね? 工房内を見学して行くかい?」
「だから今はそれどころでは……っと言うか、元に戻るのじゃ? 院長の体は何処にあるのじゃ?」
「それなら心配はいらない。彼女の体には今“魔従ガルーダ”の魂が入っているから、どの程度の力が宿るのかデータを収集している所だ。最後には彼女の本体に埋め込まれた魔従の卵を破壊する予定なのだよ」
「ふむふ……む?」
(のじゃ? 確か……魔従の卵を破壊すると、本人も死ぬのでは無かったのじゃ?)
その通りである。
魔従化した者を元に戻す……正確には止めるには魔従の卵を破壊する必要があるのだけれど、それをすると魔従の魂諸共器になった人物まで殺す事になる。だからこそ、それをさせない為にミアが記憶を失ってまで魔従化したオーカを聖魔法で元に戻して止めた。
そして今、魔従化した院長の体に埋め込まれた魔従の卵を、目の前にいるエマティスが破壊すると言ったのだ。ミアは徐々に顔を青くさせ、ぬいぐるみを抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと待つのじゃ。そんな事をすれば院長が死ぬではないか!」
「安心したまえ。今回の実験はデータの収集と同時に、器になった本体が死なずに戻れるかどうかの実験も兼ねている。成功すれば彼女は助かるのさ」
「……し、失敗したらどうなるのじゃ?」
「残念だが死ぬ。その時は運が悪かったと諦めるほかないだろう」
「全然安心が出来ぬではないか! 何が安心したまえじゃ!」
ミアがぬいぐるみを強く抱きしめて訴えると、エマティスは理解出来ないとでも言いたげな顔で首を傾げた。本気で何が問題なのか分からないらしい。
「本当に見学しないのかね? 私は君に錬金術の素晴らしさを教え、君の強さの一つにしてもらえれば、錬金術が更に進化を遂げると確信しているんだ」
「見学は来週の話じゃろう。今直ぐじゃなくてもよいのじゃ」
「それは残念だ。今日はたまたま予定が空いて時間が出来たから丁度良いと思ったんだがね」
見学を強く勧める理由。それは、ただ単純に予定が空いた為。ミアはそれを知って冷や汗を流し、エマティスにジト目を向けた。
「とにかくじゃ。院長の体の所まで案内してほしいのじゃ。今直ぐ実験を中止して元にも――」
元に戻すのじゃ。と、ミアが告げようとした時だ。突然何処かから爆発音が鳴り、それが工房内に響き渡る。そして、その直後にアラームが鳴り、緊急事態発生と誰かの声が何度も繰り返された。
「――な、なんじゃ!? 何事じゃ!?」
『Bフロアにて実験隊が暴走し工房から逃亡しました。研究員は速やかに被害状況を確認して下さい。繰り返します。Bフロアにて実験隊が暴走し工房から逃亡しました。研究員は速やかに被害状況を確認して下さい』
「どうやら君のお目当てが暴走してしまったようだ。さっきの爆発の音は外に逃げた音かもしれないね」
「なんじゃとおお!?」
最早何度目になるかも分からないミアの驚き。エマティスは特に焦りもせず、冷静な顔をミアに向けた。
「すまない。町に出たとなれば詰所の騎士に殺されるだろう。そのぬいぐるみを彼女の形見として大切に保管してくれたまえ」
「なに諦めとるんじゃああああい! 追うのじゃ! 今直ぐ追って止めるんじゃあ! チコリー、クリア、ムルムル!」
「「はい!」」
ぬいぐるみを抱えたままミアは立ち上がり、侍従たちを連れて走り出す。ちゃっかりぬいぐるみを貰って行くなんてと思うかもしれないけれど、ぬいぐるみの中には院長の魂が入っているからで、別に欲しかったからなわけでは無い。
「止めに行くのか!? おお! 素晴らしい! 君が行くとなれば、これはデータ収集のまたとないチャンス! 私も行こう! 構わないかい!?」
「好きにしたら良いのじゃ!」
ミアの返事を聞くと、エマティスは嬉々として走り出す。会話に参加していない乍らも思うところがあったチコリーとクリアとムルムルは、エマティスを一緒に連れて行く事を不安に思い、大丈夫かなと心配になって冷や汗を流した。
そして、ミアは返事をした後に直ぐ後悔する。エマティスなんて連れて行けば、絶対に聖魔法なんて使えないと。聖魔法を使う自分に興味を持たれでもしたらと思うとゾッとする。ミアはそんな事を思い乍らも、今は急ごうと工房の外に出た。




