信用を無くした第一王女
話は前日まで遡る。
天翼会の会員であるリリィとクレラの喧嘩によって荒れ果ててしまった第一職員室。今ここにいるのは、サンビタリアとクレラの二人だけ。唯一原形を留めていた椅子に座るクレラの前に、サンビタリアが俯いて立っていて、二人の間には重い空気が漂っていた。
「サンビタリア。もう既に分かっていると思うが、君を児童部の顧問から外す」
「…………」
サンビタリアは返事をせず、ただ黙って俯くだけ。そんなサンビタリアにクレラはため息を吐き出して言葉を続ける。
「君が王太子から外されて、それでも必死に頑張っていた姿を知っている。だから私は君に協力してあげようと思っていた。だけど、まさかその気持ちを利用されるとは思わなかったよ。こんな事も気がつかないなんて私も焼きが回ったな」
「…………」
サンビタリアは何も言わない。ただ俯いて黙っているだけ。
クレラはもう一つため息を吐き出し、サンビタリアに呆れた視線を向けた。
「君は自国に天翼学園と同じような学校を作り、子供たちの知識や武術を高める為にそれを学びに来たんだろう? だから君は婚約者に頼み結婚を未だせずに、今まで頑張ってきたんじゃないか。こんな事をして、その学びの機会を終わらせる事になったらどうするつもりだったんだ? 今回は私の確認も不十分だったから、君の処分は児童部の顧問を外すだけで済んだ。だが、信用は落ちた。分かっているのか? 君は父親を……いいや。自国を売ろうとしたんだぞ?」
「――っ!?」
自国を売ろうとした。その一言で、サンビタリアは目を見開いてクレラと目を合わせた。その顔は驚きに満ちていて、体を震わせる。
「そんな……っ。私はそんなつもりは…………っ」
「なるほど。自覚が無かったのか。君がそこまで愚かだったとはな」
「何故です? 何故私が自国を売るなどと」
「私を利用して罰を与えようとしたのが君の父である国王だからだ。考えてもみろ。君の嘘がそのまま通り、あの場で国王に罰を与えて罪が裁かれたとしても、それが万が一でも公表されたらどうなるか分かるだろう? 世間は絶対に国王を許さない。間違いなく反乱や戦争の火種になるだろうな」
「そ、そんな事……。いくらなんでも」
「あり得ないとでも思ったか? 状況によっては聖女を公の場に出す必要があったのだ。そして、聖女は世界中で待ち続けられている伝説上の人物だ。少なくとも、聖女に害をなすチェラズスフロウレスに鉄槌をと、他国が正義の名の下にチェラズスフロウレスを滅ぼしにかかるだろうな。聖女を救う為に」
クレラは多少大袈裟に言った部分もある。だが、実際にそうなっても何もおかしくはないものだった。少なくとも、サンビタリアはクレラの話を聞いて大袈裟だなんて思わなかった。今まで散々ミアを目の敵にしていたサンビタリアでも、それくらいは分かったのだ。
サンビタリアは想像し、その恐ろしさに立っていられなくなり床に落ちるように座り込む。そして、震えながらクレラを見た。
クレラはとても冷たい視線で目を合わせ、そして、目を閉じる。
「サンビタリア。これ以上は失望させてくれるなよ?」
クレラは目を開けると、サンビタリアと視線を合わせる事なく立ち上がり、ゆっくりと歩き出してこの場を去った。
サンビタリアは顔を俯かせて床を見つめ震える。そして、その場にツェーデンが現れた。
「サンビタリア様……」
サンビタリアが顔を上げたが、その表情には焦りが見えていた。
「ツェーデン。こうなれば私が動くしかないと思うのよ。そうでしょう? ねえ? そう思わない?」
「レムナケーテ侯爵を利用したように……でしょうか?」
「あの時はあの男に任せたのが間違いだった。だから、だからこそ、今度は私が動けばきっと上手くいく。まずは失った信頼を取り戻すわ。そうすれば、クレラ先生も私をまた認めてくれる」
「…………」
ツェーデンは何も言わなかった。彼はただの侍従で、それ以上でも以下でも無いし、そうなってはならないから。どんな事であろうと主の考えに従い、それを実行する事こそが侍従のあるべき姿だと考えているのがツェーデンと言う男だった。だから、これから罪を犯そうとしているサンビタリアの言葉を、ただ頷くだけ。例えそれで、命を落とす事になったとしても。
「ふふふふ。ルッキリューナを使うわ。あの子なら私の言う事をなんでも聞いてくれるもの。今直ぐ呼んで来て頂戴」
「かしこまりました」
◇◇◇
サンビタリアの魔装【三見聞】。それは宙に浮かぶ三つの三角錐で、一つ一つ違う力を持っている。ミアが見つけた魔装にその内の一つを近づけると、サンビタリアは更に一つを部屋の壁に近づけた。
「何が始まるのじゃ?」
ミアが首を傾げると、サンビタリアは答えずにニヤリと笑みを浮かべて、代わりにスミレが答える。
「サンビタリアの魔装は情報収集能力に長けたものなの。それぞれ“物質の記憶を見る力”“植物の声を聞く力”“二つの力を伝える力”があるなの」
「ほう。随分と便利な魔装なのじゃ」
「でも……」
スミレは言い淀み、ミアに顔を近づけて小声で言葉を続ける。
「条件や制限があるから、今は役には立たないなの」
「どう言う事なのじゃ?」
ミアが首を傾げたその時、サンビタリアが壁に近づけた魔装から光が放たれて、壁に映像が映し出された。そこに映し出されたのは、ミアが見つける前の犯人の魔装から見える景色。そしてそれは、つい先ほど……一時間前の映像で、丁度肌着と下着とくつしただけの姿になった少女が泣いている姿が映る。
「私の予想だと、この後に犯人がこの部屋に来るはずよ。それで犯人の顔が分かるのよ」
自信満々にサンビタリアが言ったけど、残念ながらそれはない。流れ続けた映像には、被害者の少女やミアを含めた他の子供たちとスミレだけしか映らない。だから、犯人の顔どころか姿さえも映らなかった。
「そんな。なんでよ……」
サンビタリアはこの結果に驚くと、悔しそうに表情を歪ませて顔を俯かせた。
(話が違うわ! 事件が起きてから直ぐに現場に来るようにルッキリューナに言ったのに! なんで映像に映らないのよ!)




