聖女、猛火一派の統領と出会う
煙獄楽園の王は何千年も昔から生きていて、神の信託を受けて未来に起こりうる“未曾有の異変”を予言した。民からは“神王”と呼ばれて崇められ、その民を“駒”として使用する。駒となった民は神王の命令には逆らわず、それがどんなものであっても疑問を抱く事は無い。そして、神王は他国へ諜報員などを手配し、実験と称して他者を傷つける。未曾有の異変を知り乍らも、他国と協力するのではなく、他国を蹴落として自分たちだけが助かる術を模索している。
ミアはそれを聞き、少なくとも交渉が出来るような相手では無いと思ってしまった。しかし、だからと言って諦めるわけでは無い。未曾有の異変を知るならば、協力してそれを乗り越えるべきと思ったからだ。そしてそれが、将来の野望“引きこもり計画”に必要な事だと考えた。未曾有の異変だか何だか知らないけれど、世界が平和でなければ引きこもる事なんて出来ないのだ。
ミアは真剣な面持ちで、どうすれば神王との交渉を上手く出来るのかを考える。他国を犠牲にして自国だけをと考える相手に和平の交渉と言うのは、意外と難しく簡単にはいかないもの。やはり向こう側にバレていて隠す必要が無く、向こうが欲している力でもある聖魔法を交渉の武器にするべきかと頭を悩ました。
すると、そんな時だ。扉がノックもされずに開かれて、火の天爵“怪力の猛火”エンシ=ドーターが現れた。
「姉者! そちらは成功したようだなあ!」
「む? 誰じゃ……?」
「エンシ!? ここは淑女の部屋よ。扉も叩かずいきなり入ってくるとは何事なの? 利口で無い貴方でもそれくらいは理解出来るでしょう?」
突然入って来たエンシを睨みダイヤが注意する。しかし、エンシは気にした素振りも見せず、ミアやチコリー等を見て大きく笑った。
「ガッハッハッハッ! 女と言えど子供ばかり! しかも捕虜に遠慮する必要も無い! 暫らく見ぬうちに姉者も冗談がお好きになられたかあ!」
「エンシ!」
(とんでもなく馬鹿そうなのが現れたのう。体が大きくてマッチョじゃし、さては脳筋なのじゃ?)
二人の会話を聞いてミアがそんな呑気な事を考えているけれど、チコリーたちは直ぐにエンシと言う男の凶悪さを察する。そして、チコリーだけでなく、クリアとムルムルまでもがエンシからミアを護るように前に立った。
「ほお! 俺を見てその動き、察するに後ろの金髪の娘が聖女とやらか!」
「ワシは聖女では無いのじゃ」
「何? そうか! では一番前に立つお前が聖女だな!」
「お前に答える義理は無い」
「正解の様だな! ガッハッハッハッ!」
違います。その子は聖女の騎士です。
「ねえねえ聞いた? この人って馬鹿かも。チコリンを聖女様とか言ってる」
「しーっ。駄目だよ。ムルムル。せっかく勘違いしてるんだから黙っておかなきゃ」
エンシのあまりの馬鹿っぷりに、ムルムルとクリアが声を小さくして話し出す。そんな二人の様子にミアが冷や汗を流して、突然現れたエンシの姿を見て首を傾げた。
「お主。随分とボロボロじゃのう。まさか王都を襲って来た後ではあるまいな」
「王都? ガッハッハッハッ! 襲ったはいいが中々に骨のある連中と対峙してなあ! 数人に致命傷を与えたは良いがこのざまよ!」
このざまとか言うわりには随分と楽しそうに話すエンシに、ミアはジト目を向け、直ぐに致命傷と言う言葉が気になった。そして、何となくだけれど嫌な予感がして、質問せずにはいられなくなる。
「数人に致命傷をと言うたが、それは誰じゃ? お主は誰と戦ってそうなったのじゃ?」
「聞きたいか? 教えてやろう。トパーズとか言うガキと……」
「っ!?」
「……確か他国の者だったな。そう。ネモフィラとか言う小娘とその仲間だ! 小娘の横腹を殴り飛ばしてやったのよお! あの分では内臓が破裂しているだろう! 数分で死ぬに違いないわ! ガッハッハ――」
それは一瞬だった。エンシは笑っている途中で、気が付けば吹き飛んで壁に打ち付けられていた。そして、その目の前に立つのは、チコリーたち侍従ですら見た事も無い静かに怒るミアの姿だ。
「おい。でくの坊。お主、フィーラに手を上げたのじゃ?」




