もう一人の五歳児代表
幼稚舎で簡単な説明を聞いた後に、一人一人の自己紹介を済ませて、専用の鞄やクレヨンなどを貰って帰路に着く。ミアとネモフィラが悪目立ちした件は一先ず無かった事に。なんて事は保健室に行く事態にまで発展したのでなっていないが、一応騒ぎは無事に治まっていた。と言っても、完全に目を付けられたのは間違いなく、一部の子供たちからは既に噂の的になっている。そしてそんな事があったせいで、ネモフィラはションボリした顔でトボトボ歩いていた。
「今日は気を失ってしまいましたし、凄く目立ってしまいました。お部屋に戻った時のみなさんの目がちょっと怖かったです。どうしましょう? 明日からとても不安です」
ネモフィラはそう言うとため息を吐き出して、ちょっと涙目だ。それに帰り道でも周囲の目を少し気にしていた。他国の園児たちが保護者や従者たちと帰っていて、チラチラ自分達を見る者もいる。と言っても、ルニィとルティアが目を光らせているので、そこまで凝視はされていないが。とは言え、気になるものは気になるのだ。だけど、そんなネモフィラにミアは笑顔で答える。
「そんなに気にせんでも大丈夫なのじゃ」
「そうでしょうか?」
「うむ。それに今日はたまたま運が悪かっただけなのじゃ。明日から汚名を返上すれば良い」
「……はい。そうですね。頑張って返上します」
ネモフィラがグッと握り拳を作って気合を入れて、ミアもそれを真似して二人で笑い合った。でも、ネモフィラの顔は直ぐに曇る。
「どうしたのじゃ?」
「天翼学園に通えば、魔装が手に入ると思っていましたのに……」
「そう言えば、スミレ先生が魔装は正式に学園に入学した者だけと言っておったのう。一部の子等が荒れておったのじゃ」
「はい。わたくしのように期待していた子もいて、とても怒っていましたね」
「そうじゃなあ。スミレ先生が困っておったのじゃ」
とまあ、そんなわけで魔装はおあずけ。ネモフィラは天翼学園に入学した者が授かる魔装を期待していただけに、凄く落ち込んでいた。しかし、それも仕方が無い事だろう。これは仮の入学であって正式では無い。たった三ヶ月の間だけの試用運転。魔装のような貴重な物をそう簡単に渡すわけがないし、開発者であるジェンティーレが保険医として幼稚舎にいようと、それは関係無いのだ。
「ね、ネモフィラ様!」
不意に聞こえた少女の声。振り向けば、そこにいたのはチェラズスフロウレスの貴族の公爵令嬢だった。
「ミント? どうしたのですか?」
ネモフィラが尋ねると、少女は一度ミアに視線を向けて言い淀む。
少女の名はミント=メグナット。アンスリウム派のメグナット公爵の娘で、今回の試用入園でミアとネモフィラ同様に選ばれたチェラズスフロウレス五歳児代表である。そんな彼女は若葉のような緑色の髪に水色の瞳。雰囲気は弱々しいが流石は公爵令嬢と言うべきか、それとも親の趣味なのか、身につけている貴族服が滅茶苦茶派手である。
「あの……その、この機会に私もネモフィラ様と仲良くなりたくて…………」
「まあ。そう言う事でしたら是非仲良くしましょう。わたくし達三人は三ヶ月の間だけとは言え、同じ幼稚舎に通うのですもの。ね? ミア」
「うむ。そうじゃな。寧ろワシ等の方から声をかけるべきじゃった。すまんのう。ミントと言ったか? よろしくなのじゃ」
「あ。う……あの……そっちの子……。あなたとは、仲良くなりたくない……かも」
「え……?」
「ふられたのじゃ!? なんでじゃ!?」
まさかの仲良しお断り発言に度肝を抜かれてネモフィラは困惑し、ミアがショックで涙目になる。そして、ミントは謝る事も無くミアをチラッと見て直ぐに目を逸らす。
「その子……王族の方々に馴れ馴れしい……し、凄く失礼で嫌い……です。だから、仲良くなんて……出来ません」
「あ、あのね? ミント。ミアはその……わたくしのお友達だから良いのです。お父様たちも気にしていないのですよ」
「そ、そんなの……関係……無いです。お友達だったとしても……ちゃんと礼儀は……必要です。人前なら……絶対に…………」
「正論過ぎて返す言葉も無いのじゃ」
これは言い返せない。ミア、撃沈である。ネモフィラはネモフィラで聖女だからとも言えないし、最早何も言えない。
このミントと言う少女、弱々しい雰囲気を出しているわりには、しっかり気持ちを言っちゃうあたり中々の曲者だった。




