話を聞かない派な聖女
天翼学園がある場所は謎に包まれている。王族や貴族だけでなく、優秀な者であれば平民でも通える学園だが、全ての者が寮生活を強いられていて家から通う事は許されない。その理由も謎だが、生徒たちからは場所が特定されてしまうからではないかと言われている。さて、そんな何処にあるかも分からない天翼学園だが、どうやって行けばいいのか? それは、各国に配置された転移用の魔道具を使うと言うもの。
転移装置の置かれている場所は国によって違うので、何処とは言えないが、ミアがいるチェラズスフロウレスでは城内で管理されていた。だから、天翼会のメンバーを直ぐに迎える事も出来たし、総出で見送りも出来たわけだ。そして今日は天翼学園児童部試用入園当日。
ミアは緊張した面持ちで……いや。緊張は無縁らしい。ミアはまるで遠足に行くかのように、ニッコニコの笑顔でリュックサックを背負って転移装置の前に立っていた。そしてそこには、ネモフィラとランタナとリベイアの姿や、これから試用入園をする他の貴族の子供達の姿もある。普通であればリュックサックなんて背負っていたら目立つので注目を集めてしまうのだが、今回ばかりは別だ。みんながみんな緊張をしていて、ミアに注目する者なんて殆どいなかった。
「何だかんだ言って結構楽しみじゃなあ。期間は三ヶ月だけみたいじゃし、児童部専用の寮で寝泊まりするんじゃろ? お泊り会みたいで面白そうなのじゃ」
昨日の事ですっかり機嫌が良くなったミアは、寧ろ楽しみになっているらしい。だけど、ネモフィラは緊張していたので、少し驚くように視線を向ける。
「ミアは凄いですね。わたくしは緊張で朝食が喉を通らなかったくらいですのに」
「私もネモフィラ様と同じで食事が喉を通りませんでした。従者を五人まで連れて行けるのが救いですけど、その従者もみんな朝から顔色が悪くて……」
「私も緊張をしているけど、二人ほどじゃないかな。でも、これから三ヶ月の間は毎日サンビタリア姉さんと顔を合わす事になると思うと少し気が重いよ」
「お兄様のクラスの副担任を担当されるのでしたよね?」
「そうなんだよ。昨日わざわざ直接私に言ってきたから間違いないよ」
「昨日……? あ。そう言えば、昨日は天翼会の方々がお見えになっていたんですよね? どうしでしたか?」
「思っていたより普通だった。でも、武力的な実力はそうじゃなかった。私でも分かるくらいには全員がただ者じゃ無かったね。まあ、当然なんだろうけどさ」
「そうですね。ミアと仲良くお話していたリリィと言う方と、水の精霊様は特に別格でした」
「ネモフィラ様はそんな事も分かるのですか? 凄いです」
「凄くなんて無いですよ。わたくしもお兄様やミアの様に実技の授業も受けているので、多少は分かると言う程度です」
「十分凄いですよ。私には絶対に分からない事です」
リベイアが尊敬の眼差しをネモフィラに向けて、ネモフィラは少し照れくさそうに笑みを浮かべた。そんな微笑ましい二人をミアとランタナが眺めていると、背後から「準備が出来ました」と声がかかる。振り向けば、侍従たちが荷物を持ち、それぞれ所定の位置に並んでいた。
「国王陛下からのご挨拶だ。皆の者、静聴せよ」
大臣が告げると、ここに集まった子供達が緊張した面持ちで国王に視線を向けた。国王は子供達を見まわすと、頷いてから口を開く。
「我がチェラズスフロウレスの子等よ。よくぞ集まってくれた。これより諸君等には天翼学園児童部試用入園をし、様々な事を学んでほしいと願っている。午後から開始される入園式には父兄として私も参加し、諸君等の晴れ舞台をしかと見届けよう」
国王の挨拶が終わり、大臣からこれからの細かな注意事項が挙げられていく。と言っても、これに関しては、よく分かっていない子供が殆どだろう。なんせ集まったのはお披露目会を終えた五歳から十歳……分かりやすく例えるならば幼稚園児から小学五年生までの子供達だ。貴族の子だろうが、そんなものは関係無い。難しい話はよく分からない。の年頃が殆どである。
そんなこんなでつまらない注意事項の話が終わり、遂に転移装置で移動する時がやって来た。だけど、ここで少し問題が起こる。やはり小さな子ばかりだからか、不安な表情を浮かべる子供もいたのだ。それを見て、ミアがニコニコ笑顔で子供達に聞こえるようにネモフィラに話しかける
「フィーラ。怖いからワシと手を繋いでほしいのじゃ」
全く怖そうに見えないミアのニッコニコスマイルで、ネモフィラは察して「わたくしも怖かったのです」と笑顔で頷く。すると、不安そうにしていた子供達も手を繋ぎ出して、その表情が和らいだ。
「では、行くのじゃ」
「え? あ、はい」
子供達を安心させようとミアはネモフィラと一緒に転移装置を最初に使って、この場から姿を消した。そんなミア達を見送って、ランタナは微笑を浮かべて思う。
(昨日の家族会議で、最初は父さんがベネドガディグトルと一緒に転移装置を使って、手本を見せる予定だって話したのに。と言うか、今さっき大臣が話してたよね? ミア、さては聞いてなかったね。しかも両方)




