第三王女の捜査 前編
王都ウェイブインターセクトの北側には、水没地区と呼ばれる地域がある。名前だけ聞くと地上が水に呑まれて水没していると思えてしまうが、実はそうでは無い。ここは水の国の環境が生み出した不思議な景色を見る事が出来る場所なのだ。
「わあ。凄いです。川が浮いてます」
ネモフィラが声を上げて目を丸くして驚いたその先に見えるもの。それこそがこの土地の不思議な景色であり、観光名所の一つ水没地区の浮川岬である。
浮川岬はその名の通り川の水が宙に浮いている不思議な土地。真下に行けば川底が覗き込める不思議な川の水は、決して地上には零れない。かと言ってとんでもない速さで水が流れているわけでは無く、その流れは遊泳出来る程にとても穏やかなものだ。もちろん魚や微生物などの生物も川の中にいて、それぞれ独自の進化を遂げている。
尚、流れる川の全てが浮いているわけでは無く、大地に触れている箇所も所々にある。しかし、それでも普通の川とは違い、触れている場所でも触れている箇所は川底のみ。それ以外は重力を知らないとでも言いたいように宙を流れている。そんな川底には、別荘を建てる貴族の魚人も中にはいるのだとか。
そしてこの浮川岬はそれだけでは無い。川を下って行けば浮遊湖と呼ばれる浮いた湖を見る事が出来て、その湖の中には遺跡も存在している。
そしてもう一つ、ここが水没地区と呼ばれる一番の理由は、川や湖以外にも存在する水の塊だ。まるでゼリーかなにかが置かれているような、そんな不思議な水の集合体が所々に見受けられる。ここでは川の底に別荘を建てる魚人のように、大きな水の塊の中に村が出来る規模で家が立ち並んでいたりするので驚きだ。しかし、その殆どが平民の家で、町から追いやられた者が暮らす事が多い。
水に地上を埋め尽くされたわけでは無くとも水没地区と呼ばれる所以は、この宙に浮かぶ川や湖や水の塊があってこそなのである。
「浮川岬の事は本で読んだ事があって知っていたのすけど、こうして直接この目で見ると、やはり驚きは隠せませんね」
「ネモフィラ様。あそこで地上に触れている川底に建物があるのが見えますか?」
ネモフィラが感動して浮かぶ川を眺めていると、クロが告げて遠くの方へと指をさす。その指の先へと視線を向ければ、確かに川底が地上に触れていて、一軒の家が建っていた。ただ、貴族の家にしては小さくて、かと言って平民街で見た家と比べればやや大きめ。その事にネモフィラが首を傾げると、クロが微笑を浮かべて言葉を続ける。
「あれはお店なんです。一般的には川底には貴族が別荘を建てるんですけど、あそこだけは平民が釣り具とか魔道具を冒険者に売って商売してる店なんですよ」
「まあ。そうなのですね」
「もしかしたら目当ての物が見つかるかもしれませんよ」
「では、あのお店に参りましょう」
目当ての物。それは勿論あの水浸し事件に使われた道具だ。水浸し事件では魔力が全く感知できず、未だに水浸しの原因が分からない。
そして、ミアに絡みまくるマイルソン。マイルソンは水の国の出身の貴族で、もし何かの道具を使ったとして、その道具を何処で手に入れたのか? この国で道具さえ見つける事が出来れば、それを買って犯行に及んと言えるかもしれない。と、ネモフィラはチェリッシュ等と話し合ったのだ。
「おっちゃあん! いるかあ?」
「おじさん元気してたあ?」
到着すると、間近で見る川底にネモフィラが驚き圧倒されて、その間にクロとアカが店の中へと入って行く。川底にある店だけど、どうやら出入口は外と繋がっていて、魚人でなくても簡単に出入り出来そうだった。
二人はこの店の主人と知り合いのようで、店の中からは「クロにアカじゃないか! 久しぶりだなあ!」と男の声が聞こえてきた。その声でネモフィラが正気に戻って店の中に入ろうとすると、店に入る前にクロとアカが店の主人を連れてやって来る。
店の主人は四十代後半の見た目をした少しメタボ気味の男だった。頭髪は少し禿げかかっていて、鼻の下と顎には髭がある。こんな場所に店を構えている事もあって魚人のようで、背中からは背ビレが生えていた。
そんな何処にでもいるような見た目なおっさん主人は、ネモフィラやメイクーたち侍従を見ると顔色を変えて目を鋭く変化させた。
「貴族……? おい。クロ、アカ。この貴族様方はうちに何のようだってんだ? まさかお前等、無理難題を押し付けられたんじゃあるめえな?」
「おっちゃん。そう怖い顔するなよ。それに失礼な事は言わないでくれ。この方達はチェラズスフロウレスの王女様と護衛の人達で、この国の貴族達とは違うんだ」
「そうそう。俺達にも優しくしてくれるし、とても良い人達なんだよ」
「良い人って……おめえ等。騙されてるんじゃねえか?」
おっさん主人がネモフィラを疑り深く見るけど、ネモフィラがそれを笑顔で二人の友人だと名前を名乗って答える。メイクーたちも空気を読んで、前に出る事も無くネモフィラの背後でジッと待機し続けた。すると、おかげでおっさん主人の疑いも晴れて、安堵の顔を見せてくれた。
「どうやら騙されてるってわけでもなさそうだな。なら良いんだ。いらっしゃい。お嬢ちゃん。疑って悪かったな」
おっさん主人もネモフィラに笑顔を向け、クロとアカが「お嬢ちゃんじゃなくて王女様だ!」と慌てて訂正した。




