一言多い先生と小物な部下
天翼学園では五月を表す寅の月の上旬に、ダンスをメインとした社交界が行われる。舞踏会では無く社交界と表すのは、新入生たちのダンスの練習として開く場だからだ。と言っても、貴族の子等からすれば特に必要の無いもの。貴族の子は物心つく頃からダンスのレッスンをしている子ばかりで、実力の差はあれど基本全く踊れないと言う事は無いからだ。
しかし、平民の子は違う。天翼学園には平民の子も通っていて、その子たちが社交ダンスなど踊れるわけも無く、新入生歓迎会のように上級生にリードしてもらえる事もこの先無いに等しい。だから、新入生歓迎会で経験を積み、今度は自分の力で踊れるようにと寅の月の八日に社交界が開かれるのである。
ミアのクラスではこの日の午後の授業で、その社交界の為にダンスの練習を行う為の授業が開かれた。
「このクラスは平民が一二……」
授業を受け持つ先生がざっと生徒たちを見回して平民が何人いるのか数え始める。それを最初に把握しておかないと、誰に何を教える必要があるのか分からないからだ。
平民の数を数えた先生は「全部で八人か」と呟くと、パンッと手を叩いて注目を集めた。
「君達の中にダンスを教えれる程に上手いと自信を持って言える人はいる?」
「はい。私はとても得意です」
そう言って手を上げたのは、水の国の少年だった。少年はニヤリと笑みを浮かべて、平民の生徒等に視線を向ける。その視線はまるで馬鹿にしたようなもので、どうやっていじめてやろうかと考えているような嫌な目だった。
「ううん……。君は人を教えるのには向いてい無さそうね。立候補してくれて悪いけど別の子にするわ」
「なっ! 先生! 私はヘビースネーク侯爵家のマイルソンですよ! そしてあのベニー公爵家の次期当主ベギュア様の側近の一人です! その私では不服だと言うのですか!?」
「ええと。君が何処の貴族の子で誰の側近とか別に関係無いの。ここは天翼学園であって水の国では無いなのだから、この学園では君の立場は他の子達と同じただの生徒よ」
「なんと言う侮辱! この事はベギュア様に報告させてもらいます! 必ず後悔する事でしょう!」
「ええ。どうぞご勝手に。それより他に誰か候補者はいるかな?」
先生が他に立候補してくれる者がいないかと声を上げれば、マイルソンと名乗った少年は目を吊り上げた。そして、誰もがこの状況で手を上げたいなんて思える筈も無く、誰一人として立候補者が出る事は無くなった。
いや。一人だけいる。空気なんて読まない愚か者が手を上げた。
「ワシで良ければ教えてあげるのじゃ」
ミアである。まあ、ただ、別に愚かだから手を上げたわけでは無い。
ミアも元々は平民の生まれで、ダンスなんて踊れない側の人間だ。でも、城での厳しい練習により踊れるようになった。そんなミアだからこそ、踊れない平民の生徒には親近感が湧くと言うもの。前世でお爺ちゃんだったミア的には、困っている子供を助けてあげたいと言う爺心なのである。
「ミアさんか。君は素行も悪くないし、欠点は変な喋り方だけね。よし。君なら大丈夫そうだ」
(この先生。先程の生徒との会話を聞いていた時にも思ったのじゃが、一言多いのじゃ……。のじゃ?)
ミアは先生の言動に冷や汗を流し、そして、何やらもの凄い嫌な視線を感じ取る。その視線が気になって目を向ければ、その視線の正体はミアを睨みつけるマイルソンだった。
(これは……さっきの先生とのやり取りで起きた怒りがワシに向いておらんか?)
はい。向いちゃってます。と言うわけで、マイルソンはミアに怒りの矛先を向けていた。
そしてこの少年、マイルソンこそがベギュアの側近にして部下であり、ミアの邪魔をするようにと命令されて水浸し事件を引き起こした犯人だった。
(許さないぞ。ミア=スカーレット=シダレ! よくも私に恥をかかせてくれたな! ベギュア様の仰った通りだ! 我等水の国の恐ろしさを教えてやる必要がある! 寮内を水浸しにしただけじゃ物足りない! あの平民、アイのようにイジメてやる!)
どうやら、聖女の怒りを買わないようにミアには絶対に手を出すなと、ベギュアは伝えるのを忘れていたようだ。その結果、起きてしまったのは逆恨み。天翼会に立ち向かう勇気の無い小物マイルソンは、その怒りの矛先を呑気な顔したミアに向けて逆恨みしてしまったのだった。




