聖女が誕生する日(1)
「あはははははっ! ミア。君って本当に変なところで抜けているよね。その少女は何処かの貴族ではなくて、君と同い年のこの国の第三王女ネモフィラ様よ」
「な、なんじゃとお!? ワシ、結構失礼な態度をしてしまったぞ!? 話を聞かずに立ち去ってしまったのじゃ! 処刑か!? 処刑されてしまうのか!?」
心地良い風が吹き抜ける昼下がりに響く悲鳴にも似た叫び声。ここはダンデ村の村外れの丘の上。そこで今、美少女ミアが白衣を着た少女と話をしていた。しかし、この二人、実はどちらも見た目に見合っていない中身である。見た目に見合っていないとはどう言う事か? それは少し特殊な理由。
「大袈裟ねえ。心配しなくても大丈夫よ。君が転生者だって言っても、もう五年もこの世界で生きてるんだし、この国の王族がそんな事で処刑なんてしないって知ってるでしょう?」
「ぬぬう。それはそうなのじゃが……」
ミアは少女の言葉を否定せず、眉根を下げて肩を落とす。のだが、否定しないと言う事は、つまりはそう言う事。今更な話ではあるし、PvPと言う言葉が昨晩ミアの口から出た事でお察しな話ではあるけれど、白衣の少女の言った通りミアは転生者だったのだ。ミアの五歳児とは思えない言葉使いなど含めた様々な不思議は、それが原因だった。
転生者である事は秘密にしていて、この白衣の少女以外には打ち明けていない事だった。そして、ミアにはもう一つ、誰にも言えない秘密が……目の前にいる白衣の少女以外に秘密にしている事がある。
「それに君はその時は帽子を被っていて、お兄さんの服を着ていたんでしょう? ミアが女の子だったなんて、意外とバレていないんじゃない?」
「た、確かに、その為の変装じゃった。それに前世で男だったワシなら、この身から湧き出る男らしさで誤魔化せたかもしれぬのじゃ」
そう。ミアのもう一つの秘密とは、前世が男だったと言う事。つまりミアはTS転生者なる者だ。因みに前世ではPvPと言う対人系のFPS関係のゲームを、孫と一緒に遊ぶ元気なお爺さんだった。しかし、そんなミアの今の姿は、実に女の子らしい見た目のもの。嫌がるミアに無理矢理母親が着せた結果、湧き出る男らしさなぞ無縁の女の子らしい見た目だった。
「あはははははっ! 湧き出る男らしさってなによ? 本当にミアは面白い事を言うね」
「む、むう。馬鹿にしおってからに。これでもワシは前世で八十まで生きたんじゃぞ? 前世を考えれば、二十九歳のお主より倍以上の年上なのじゃ。ジェティ、もっとワシを敬うのじゃ」
ミアはそう言ってふくれっ面を見せる。その顔は、前世で八十まで生きたお爺ちゃんには見えない可愛らしいもの。そんなミアの顔を見て、ジェティと呼ばれた少女は更に可笑しそうに笑みを浮かべた。いや、少女と言うのは失礼だろう。
彼女の名前はジェンティーレ。大人になっても幼い容姿が特徴のドワーフ族で、年齢は二十九歳のれっきとした大人の女性で、それが見た目に見合ってないと言う理由である。そんな彼女は黄色い髪で、肩に届かない程度の長さのくせっ毛のある髪の毛。陽の光で焼いた程度に見える褐色の肌に、美しく赤い瞳。成人女性の身長の平均が百二十センチ程度と低いドワーフの中では珍しく、身長が百四十八センチもあって背が高い。パッと見は青春真っ盛りの高校一年生くらいの見た目の少女だが、これでも同族からは大人だと憧れられている。そんな憧れの的な彼女だが、その口には棒の付いた飴。
ジェティはチュッパチャップスの様な見た目の飴を銜えていて、ニコリと笑みを浮かべて同じものを取り出すと、それをミアに差し出しながら話す。
「八十まで生きたと言うなら、その少女趣味は卒業した方が良いんじゃない?」
「や、やかましい! ミミミはこれがベストなんじゃ!」
ミアはジェティの飴を受け取らずに、表に出ていたミミミを抱きしめた。すると、ミミミはご機嫌な様子で「ぶー」と鳴き、その羽のような耳をパタパタと振るう。
「やっぱり最近思っていた事だけど、前世で八十まで生きた男だったとしても、女に生まれ変われば精神も女になるのねえ」
「ぬぬう。悔しいが否定が出来ぬ。最近のワシの悩みじゃ」
「あら? そうだったの?」
「うむ。私生活でたまにそう言う事があるのじゃ。前世では興味無かった可愛いものが気になったり、あんなに苦手だった甘い食べ物が好きになったり……」
「なるほどなるほど。でも、その程度なら可愛らしいだけでしょう? 問題無いわよ」
「しかしのう。ワシは今世では前世と違って、のんびりと過ごしたいのじゃ。このまま精神まで女子にはなりとうない。女子は男と比べて何かと忙しないからのう。結婚すればママ友との付き合いが大変なのじゃ」
「ママトモ……? よく分からないけど、それはお友達の事かしら?」
「そんな生ぬるいものではない。家事や育児は夫と一緒に出来るが、ママ友はそうはいかぬのじゃ。ママ友の付き合いは男が口を挟む事が許されぬ戦争そのものじゃ。下手をしたら子にも影響を及ぼす恐ろしい戦なのじゃ。前世のワシの妻がそうじゃった。それなのに、夫のワシはあまりにも無力だったのじゃ」
「そ、そう……。大変なのね」
「うむ。嫁姑問題も起こるかもしれんしのう。だから、ワシは今世では結婚もせずに、のんびりと必要最低限の事だけして家に引きこもる予定じゃ」
なんともまあ残念な予定だが、ミアの顔は大真面目である。
そんなミアを見つめて、ジェティは「よく分からないけど大変なのね」と苦笑して飴を引っ込めた。