不良娘は聖獣を気にいる
時は少し遡り、ネモフィラが処刑場へ向かった直後の事。パーティー会場で待機命令を受けていたルーサは、聖獣ホーリードッグのカールを相手に何やら話をしていた。
「いいか? お前はお腹に子供がいるからオレ達と一緒にここで待機しなきゃいけない。分かるよな?」
「ワン」
カールがルーサの言葉に返事をして首を横に振る。それを見てルーサは肩を落とし、側で様子を見ていたメイクーに視線を向けた。と言うか、側と言うよりメイクーがカールの体をがっちりと掴んで動けなくしていて、手を離せば今にも飛び出して行きそうな状態なのである。
「隊長。駄目だ。やっぱり言う事を聞きそうにない」
「諦めるな。私ももう限界なのよ。しっかりなさい」
「あのなあ。隊長。だから変わろうかって言っただろ?」
「万が一ここが襲われたら、私より貴女が自由に動けた方が良いから仕方が無いと言ったでしょ」
「それはそうかもだけどよ……」
と言うわけで、メイクーがカールを取り押さえている理由はそれだ。ここに残っているのは、ジェネロのような輩が襲って来た時にチェラズスフロウレスの生徒を護る為。だから、戦闘においてメイクーよりも強いルーサが自由に動けた方が安心出来るのだ。
「もういっその事カールを好きにさせてやった方が良くないか?」
「駄目よ。そんな事をしたらネモフィラ様の期待を裏切る事になるわ」
「期待を裏切るって言ってもなあ。お腹の中の赤ちゃんの為に処刑場に行かないようにしてほしいって言ったのはグラックだぞ。王女様はそれに同意しただけだ」
「同意したと言う事は、期待していると言う事なのよ。ハアハア。お願いだから暴れないで!」
「ワン!」
カールがメイクーを剥がそうと暴れて、メイクーが必死にしがみつき、ルーサが冷や汗を流すもニヤリと笑む。と言うか、ルーサはカールの事を正直感心していた。
何故なら、カールのグラックへの忠誠心をとても強く感じたからだ。カールはお腹の中に赤ん坊がいるにもかかわらず、それでも飼い主であるグラックの事が心配で処刑場まで行こうとしている。ルーサの家は騎士の家系で、小さい頃から騎士道精神やらなんやらをみっちりと教え込まされてきた。その反動も手伝って革命軍に所属なんてしていた時もあったけど、その本質を知らないわけでは無い。だからこそ、カールの行動に心を打たれた。
「仕方がねえな。俺を背中に乗せていけ。それが処刑場に行って良い条件だ」
「ワン!」
「は!? 何を勝手に!」
「いいじゃねえか。飼い主様の為に行きたいって言ってんだ。それはオレ達だって一緒だろう? 隊長だって本当は王女様の側に行って護りたいって思ってんだろ?」
「それは……そうだけど…………」
「だったら話が早いじゃねえか。オレは知っての通りの不良娘ってやつだ。そんなやつが勝手にカールを逃がして一緒に処刑場に命令違反でやって来ても、何も不思議じゃねえだろ?」
「……はあ。本当に、ルニィが口を酸っぱくして貴女に礼儀作法等を教える気持ちが分かったわ」
「な、なんだよ。侍女長の名前を出して脅そうたってそうはいかねえぞ。もうオレはこいつと行く気だからな」
「違うわよ。本当はいけない事だけど、今回は私が責任を取るわ。だからお願い。ネモフィラ様を護って」
「へっ。任せときな」
ルーサがニヤリと笑んで返事をすると、メイクーはカールを解放して後ろに下がる。カールはルーサと見つめ合い、チラリとメイクーを一瞥してから「ワン」と吠えた。ルーサはそれを“乗れ”と捉えてカールに跨り、カールはルーサが乗ると「ワオオオン!」と遠吠えを上げ、駆け出す。
「んじゃ。行ってくる!」
「ネモフィラ様を頼んだわよお! ルーサ!」
「おう!」
◇◇◇
「ここからは本気を出させて頂きます」
時は戻って現在。アフェクションがネモフィラを睨み、自身の周囲に回転する風の刃を幾つも生み出す。その数は数えきれない程に多く、これには流石にネモフィラも身の危険を感じて顔を青くさせた。
「この数の風の刃を、貴女は躱せますか?」
アフェクションが問い、それと同時に回転する風の刃が放たれる。風の刃は真っ直ぐとは飛ばず、一つ一つがあらゆる方向に舞ってネモフィラを襲う。ネモフィラには自動で身を護る春風魔法スプリングブリーズシールド“オート”があるけど、それはたった一つしかない。この数を捌ききるなんて出来るわけも無く、ネモフィラはモフモフの盾を構えて攻撃に備えた。しかし、その時だ。
「ワン!」
「状況が分からねえけど、間に合ったな!」
ネモフィラを襲った風の刃が全て打ち消され、ネモフィラの前にルーサとカールが現れた。
ルーサはその手に魔装を持って構えていて、それで攻撃を防いだのだとネモフィラは直ぐに分かった。いや。それよりも、まさかのルーサの登場だけでなく、カールまでルーサを背中に乗せて現れるものだから、その驚きは隠せない。そして、一人と一匹の登場に嘔吐して体調がすぐれず身動きが取れなくなっていたグラックまでもが目を見開いて驚き、体調の不良を忘れて立ち上がった。
「カール!? なんでカールが……っ」
「んなもん決まってんだろ。オレと一緒だ。飼い主様を助けに来たんだよ。な? 相棒」
「ワン!」




