幕間 第三王女の休日
「サンビタリアお姉様が悪役令嬢……ですか?」
わたくしはチェラズスフロウレスの第三王女ネモフィラ=テール=キャロットです。今日はお勉強も実技の授業もお休みなので、ミアの希望で王都を案内していました。そしてこれはミアの希望なのですが、王都をなるべく自由に気楽に歩けるようにと、平民用の衣装を着て平民に変装しています。なので護衛もわたくしとミアに一人ずつで、メイクーとヒルグラッセしかいません。
人数が多ければ多い程目立つから、出来ればそうしてほしいとミアに頼まれたのです。お父様とお母様は心配して最初は首を横に振っていましたけど、ランタナお兄様が好きにさせてあげようと言ってくれたので承諾してくれました。
今は昼食の時間で、ミアの希望で入った平民たちから人気が高いアニマル喫茶と言う少し変わった喫茶店で、お茶をしながら食事をしています。そして、そこで意を決してサンビタリアお姉様の事をお話したのです。でも、ミアから返された言葉は“悪役令嬢”と言うよく分からない単語で、わたくしは首を傾げてしまいました。
「うむ。なんかそれっぽいのじゃ。本当にいるもんなのじゃなあ。あ、サンビタリア殿下の場合は悪役令嬢ではなく悪役王女かのう。うむうむ」
何がうむうむなのでしょうか? わたくしにはそもそも悪役令嬢が何かすら分かりません。今わたくしに分かるのは、頷いているミアが凄く可愛いと言う事だけです。って、ダメです。今はそんな話をしている場合ではないのです。
「ミア。わたくしは本当に心配しているのです。お姉様が帰ってきてから、ミアに沢山の嫌がらせをしてるのですよ。わたくしが言っても全然聞いてくれないですし、お父様に言ってもミアに任せるとしか言わないのです」
「ワシが何もしなくて良いと言ったからのう」
「そんな事を仰ったのですか!?」
「うむ。国王は納得していなかった様じゃけど。と言うかフィーラよ」
わたくしが驚いていると、ミアが食事を中断してわたくしの側に来て耳元で囁きます。
「今はワシだけでなくフィーラ達の正体も隠しておるから、あまりこう言う話はここではせん方がいいのじゃ」
「そうですね。ごめんなさい」
失敗してしまいました。ミアの言う通りです。今はお忍びで来ているのに配慮が足らないなんて、わたくしは大馬鹿者です。でも、ミアはわたくしから離れて席に戻ると、とても優しい笑みを見せてくれました。
「フィーラの気持ちは嬉しいのじゃ。ありがとうなのじゃ。でも、フィーラも何もせんでいいのじゃ。ワシはただの公爵じゃからのう」
「はい……あ! そうです! 思い出しました!」
「ど、どうしたのじゃ?」
「サンビタリアお姉様のせいで、ミアが公爵ではなく公爵令嬢だと殆どの侍従に思われているのです!」
「どっちでも良くないかのう? ワシは気にしていないのじゃ。それよりもここでこの話は――」
「良くないです! 気にして下さい!」
「ぬぬう。ワシはフィーラと楽しく食事がしたいのじゃ。せっかく動物がいっぱいおるし、もっと動物を愛で乍ら和気藹々したいのじゃ」
「あ。……はい。ごめんなさい」
わたくしは周囲に目を向けました。アニマル喫茶は色んな動物と触れ合いながら食事が出来る喫茶店です。わたくし達以外のお客さんはみんな動物たちと楽しそうに触れ合い乍ら食事をしています。なのに、わたくしはお話に夢中で動物と触れ合うどころか食事すらしていません。それに興奮してしまって、また配慮の足りない話題をしてしまいました。そして、やっと気がついたのです。ミアの頭と膝の上に猫が乗っている事に。
(猫さんと戯れてるミア可愛い)
「ネモフィラ様。やっとお気づきになったのですね」
不意にメイクーの言葉が隣から聞こえました。メイクーは立場上わたくしの侍従で護衛をしていますが、今は平民用のお店にいるので同伴者として隣に座っています。ミアの護衛のヒルグラッセも同じで、ミアの隣に座っています。もちろん二人ともわたくしやミアの身分を隠す為に平民用の衣装です。ただ、メイクーと違ってヒルグラッセはとても居心地が悪そうに……いいえ。ミアの隣だからでしょうか? 緊張している様です。でも、ヒルグラッセの膝の上にも犬が乗っています。って、それどころではありません!
「わたくしは本当に馬鹿です。もっと早く気がつくべきでした」
わたくしはメイクーに視線を向けて頷き合います。すると、ミアが「どうしたのじゃ?」と不思議そうにその可愛らしい目でわたくし達を交互に見ました。本当に可愛いです。ラブです。
サンビタリアお姉様の事はまだ納得できませんけど、それでも今はミアと一緒にいられるこの時間を楽しみたいと思います。




