幕間 侍女長の決意
「ルニィ=ヴィーナフォート。ルニィ=ヴィーナフォートはいるか!?」
「はい。ここにいます」
「王妃様がお呼びだ。至急謁見の間に向かえ」
「承知しました」
これは、私がミア様に仕える前。ネモフィラ様が野盗に襲われて急遽王妃様とご一緒に戻って来られた翌日の早朝の事だった。
この時の私は城内清掃管理部署の責任者をしていて、この日も指示を出していたのだけど、そんな時に突然呼び出された。しかし、突然であってもそれもまた仕事の内。私は返事をすると、直ぐに謁見の間へと向かった。
「今日か明日、陛下がミアと言う名の公爵の少女を連れて戻ります。今後はその少女の侍従とし、侍女長として勤めて下さい。それから、クリマーテとヒルグラッセを貴女の下で働かせます。何か質問はありますか?」
「では一つだけ。公爵のご息女ではなく、公爵の爵位を持つ少女と言う事で間違いないですか?」
「ええ。そうです。私も陛下からの手紙を読んだだけなので詳しい事は分かりませんが、まだ五歳の幼い少女らしく何か事情があるようです。しかし、国家機密に関わる重大な件で、手紙には理由を書けない程のもののようでした。ですから、恐らく侍従になる貴女にもお話出来ない内容になる可能性もあります」
「分かりました。でしたら、私からクリマーテとヒルグラッセに詮索しないようにと伝えます」
「そうして下さい。では、準備にあたって必要なものですけど」
王妃様から準備する物や指示を受け、私はクリマーテとヒルグラッセを連れてミア様を迎える準備に急いで取りかかる。王妃様が仰っていた通り、その日の内に陛下とランタナ殿下がミア様をご一緒に連れて来られたけど、既に準備が整っていたおかげでスムーズにお迎えできた。
「でっかいのじゃ」
ミア様がまず始めに仰ったのは、城を見上げて出たそんな言葉。口を大きく開けて見上げているその姿は、とても公爵とは思えない雰囲気だった。でも、ミア様は聞いていた通りの……いえ。聞いていたよりも幼い容姿の少女。こう言ってしまうと失礼だけど、年相応の反応に見えて少し癒された。そんなミア様だけど、私やクリマーテとヒルグラッセには国家機密と言う事で結局その正体は謎のまま。でも、一つだけ分かる事はある。
どうやら普通の公爵とは違うようで、入浴の時間や着替えの時間は凄く居心地悪そうにしている。それに目を離せばご自分でそれ等を済ませようとする。他にも色々と信じられない驚きの行動をされ、言いだすとキリが無い。恐らく公爵と言う爵位についたのは最近で、元々は貴族の娘ではなく平民の娘だったのかもしれない。それだけでも触れてはならない事情がおありだと分かる。そしてある日、ミア様に毒料理が出された事件がきっかけで、私は何となくミア様に関する国家機密に気がついてしまった。
「み、ミア……君は、毒に耐性があるのかい?」
「魔法で浄化しただけじゃ」
「な、なんだって……っ」
「凄い。ミアは本当に聖……こほん。特別な魔法が使えるのですね」
(今、ネモフィラ様が“聖魔法”と仰ろうとしませんでしたか!? 特別な魔法って、それって聖属性の魔法ですよね!?)
耳を疑いました。ネモフィラ様が言い直したけど隠しきれるものではない。だけど、私も侍従の端くれ。ミア様が毒料理を食べた時に驚いた顔をそのままにして、ネモフィラ様の言葉は聞かなかった事にした。
この時の判断は正しかったと自信を持って言える。今までのミア様の行動や立場。それからミア様にやけに関わりたがるメイクーの態度。それ等全てに納得出来た。聖女様と言う事実を隠しているのは、きっと聖女様であるミア様に事情があるから。そうでなければ隠す必要が無い。そして、私の考えは間違っていなかったと確信したあの事件。
リベイア様が誘拐された日に見せた、あの凛々しくも勇敢な立ち振る舞いに驚くべき功績。正体を隠していても誰かの為に行動するミア様は、本当に五歳の少女とは思えない程に勇敢で、聖女様として相応しいお方だった。いつまでこの事実を隠すのかは分からないけれど、この国家機密を私は墓まで持って行こうと決心した。私は侍従として、そしてミア様の侍女長として今まで通りを貫こう。
「のう? ルニィさん。今度フィーラと王都の見物がてら、故郷におる家族に送る手紙を買いに行くじゃろ? それと一緒に何か珍しい物を買って送りたいのじゃ。何かお勧めはあるかのう?」
「珍しい物ですか。では、恋花クッキーはいかがでしょう?」
「恋花クッキーなのじゃ? 確か好きな人に送るプレゼントじゃったか?」
「はい。実は王都にしか売ってないんです。それに、店によって種類も色々あるのですよ」
「でも、ワシは別に好きな人に送るわけでは無いのじゃ」
「ミアお嬢様は恋愛にはまだ興味が無いようなので、今は縁の無いものと思っていらっしゃるかもしれません。でも、心配はいりません。十代の少女たちの間で今丁度流行っていまして、仲の良い友達とお茶会を開いて、クッキーを交換して色んな味を楽しんでいるそうですよ」
「おお。じゃあ、フィーラと交換してどっちが美味しいクッキーを買うか勝負するのじゃ」
「ふふふ。勝負するのですか?」
「うむ。楽しみなのじゃ。あ。どうせじゃから、その日はルニィさんとクリマさんはお留守番じゃし、二人の分も買って来るのじゃ」
「――っ!?」
「え? いいんですか? やったー。流石はミアお嬢様。一生ついて行きます」
「クリマーテ。慎みなさい」
「よいよい。喜んでくれるとワシも嬉しいのじゃ。ルニィさんも楽しみにしてほしいのじゃ」
「……はい。恐れ多いですが、心より楽しみにお待ちします」
「うむ。グラッセさんはワシの護衛として一緒に来るから、向こうで一緒に選ぶのじゃ」
「承知しました」
公爵……いいえ。聖女様で在らせられるミア様にお土産を買わせるなんて、恐れ多くてとても心臓に悪い。でも、ミア様の笑顔を見ると癒される。だからと言うわけでは無いけれど、この笑顔を見る事が出来るのであれば、私はミア様の秘密を護り抜きましょう。ミア様の侍女長として。




