幕間 国王の奮闘
「騎士を一刻も早く鍛え直さねばならないな」
「仰る通りに存じます。野盗などに負け、ヘルスターめの情報操作に惑わされるようでは、王国騎士として名折れです」
私はチェラズスフロウレス国王ウルイ=テール=キャロットだ。今は謁見の間にて王国騎士団団長のベネドガディグトル=ボーツジェマルヤッガー公爵と騎士の在り方について話をしている所である。
あの日、聖女様がいなければ娘のネモフィラを失っていた。その事実は今思いだしてもゾッとする出来事で、私は早急に騎士の強化が必要だと感じていた。
「ああ。貴殿が留守の間に起こった事とは言え、あまりにも不甲斐無い。そこでこれは提案だが、若い衆が育つまでの間は、貴殿にネモフィラの護衛になってもらうのはどうだろうか? 私の近衛として働く貴殿であれば安心出来る」
「お言葉ですが、それはやめておいた方が良いでしょう」
「ふむ。理由を聞いても?」
「私は陛下もご存知の通り、サンビタリア殿下の派閥だからです。もちろん公私混同をする気はございませんので、ネモフィラ殿下の護衛も命令が無くとも状況によっては致しましょう。しかし、それはあくまでも私めの気持ちの問題でございます。周囲はそれを良しとしないでしょう。サンビタリア殿下の派閥の者の中にも、ヘルスターの様な過激派がいます。最悪の場合はヘルスターと同じ事をしでかす輩が出てくる可能性がございます」
「確かに……な。貴殿の言う通りだ。ベネドガディグトル。今のは忘れてくれ」
「はっ」
最近は私の行いが裏目に出る事が多く、妻のアグレッティから「まずは周囲の意見を聞いてはいかがですか?」と言われていた。よって、こうして王国騎士団団長であるベネドガディグトルに相談したわけだが、妻の言う通りそれで正解だった。良い案だと思っていたが、意外と落とし穴はあるものだと痛感する。しかし、困ったものだ。私にはこれ以上の案が浮かばない。
ネモフィラを狙う者がこうも立て続けに現れ、野盗とヘルスターの事件は聖女様無しでは本当に危険な状況だった。焦りばかりが生まれ、私は頭を悩ませた。
「陛下、私からも提案してよろしいでしょうか?」
「うむ。申してみよ」
「今回の事件を解決したミアと言うあの少女。あの少女をネモフィラ殿下の近衛騎士として育てるのはいかがでしょう? ランタナ殿下の功績も、あの少女が提案した作戦が成功した結果だと聞き及んでおります。恐らくヘルスターを捕らえられたのも、何か策を考え講じたからに違いありません。その頭脳を騎士に生かせば、必ず良い知将へと成長してくれる筈です」
「却下だ」
「――っ! 却下……ですか?」
私がベネドガディグトルの提案に考えもせずに即答したからだろうな。ベネドガディグトルにしては珍しく、動揺して驚きを顔に出した。いつもであれば顔には出さず、私の否定的な意見に対してただ一言「お耳汚ししてしまい申し訳がございません」と謝る男だ。私はそれが妙に可笑しく感じて微笑すると、ベネドガディグトルは自分の行いに気がつき顔を引き締めた。
「お耳汚し、そして無礼な態度をしてしまい申し訳ございません」
「良い。気にするな。貴殿が動揺するのも当然だろう。しかし、ミアをネモフィラの護衛には出来ん。理由は言えぬがな。ミアの話は終わりだ」
「はっ」
ミアを……聖女様をネモフィラの近衛騎士になど恐れ多くて出来る筈もない。ただでさえ私の娘サンビタリアが嫌がらせをしている現状だ。聖女様の慈悲ある温情が無ければ、今頃サンビタリアに重罰を言い渡さなければならないくらいだ。国によっては死刑になるだろう。それ程に嫌がらせがいきすぎている。だが、何も知らないベネドガディグトルには事情が言えない。これは聖女様のご希望なのだ。
私は心の中でベネドガディグトルに「許せ」と告げる。そして、私はベネドガディグトルが先ほど言った“知将”と言う言葉に、一つの妙案を思い浮かべた。
「ベネドガディグトル。今から騎士の訓練施設に赴いても良いか?」
「もちろん構いませんが、優秀な者を選抜されるのですか? そうであれば私めで数人優秀な者を先に集めて参りますが」
「いや。する必要は無い。訓練している姿を見たいと考えたのだ」
「左様でございますか。では、早速お連れ致します」
「うむ」
今にして思えば、私は騎士達の訓練を全てベネドガディグトルに一任していた。だから今まで考えた事も無かったが、アグレッティが言う様に他者の意見を聞き入れる必要があるかもしれない。この場合の他者は騎士から見てなので私になるのだが、私が訓練をしている騎士を見て何も思いつかなくても他の者に声をかけ、訓練を見せて今より騎士の練度を上げる良い方法があるか聞けば良い。と、私はそう考えたのだ。そして、私がこの事を歩きながらベネドガディグトルに伝えると、名案だと快く受け入れてくれた。
歩きながら伝える事になってしまったのは、また一人で決めてしまった事をその時に思い出したからだ。だが、それでも途中で気がついたので良しとしようではないか。私はアグレッティに感謝しつつ、ベネドガディグトルから訓練内容を聞きながら騎士団の訓練施設へと歩いて行った。




