それぞれのその後
「助けて頂きありがとうございます」
「礼には及ばんのじゃ。ではのう」
ダンデ林で盗賊のような見た目の集団に襲われていた少女を助けたミアは、この場を直ぐに立ち去る事にした。背後から名前を聞かれたが、もちろんそれには答えない。何故なら、ミアは自分の魔法とミミミの事を隠しているからだ。
(やれやれ。無詠唱で魔法を使い、ミミミを見られる事も無くなんとかなったから多分大丈夫だと思いたいのじゃが、これ以上は関わらん方が良いじゃろうな)
ミアが魔法とミミミを隠している理由は二つ。ミアが使った蘇生の魔法は特殊な魔法で、この世界で使える人物などいないと断言出来るほどの魔法である事。ミミミは魔法とは別のものだが、その存在は特殊であり、本来であれば五歳児のミアが持つ事が出来る代物ではない事。
以上の二点が理由にあり、ミアはそれを知られるわけにはいかなかった。と、そんなわけで、早くも事件は解決された。
最初に狙撃手を発見したミアは、ピストル形態になったミミミを発砲して一撃で気絶させ、狙撃手が狙っていた方角に向かって走って少女の許へ駆けつけた。それからも襲撃者たちを一瞬で気絶させ、更には殺されていた侍従と、死にかけていた少女を救った。本当に五歳の少女なのかと驚くくらいに全て簡単に済ませて、身バレを避ける為に助けた少女から逃げたわけだ。まあ、そんなわけだから、少女が貴族ではなく王族だと言う事にミアは気づいていない。
「ここまで来れば安心じゃろう。しっかし、随分と立派な服を着た貴族じゃったなあ。襲われてボロボロだったけど、それでも立派と言うのが分かるくらいには豪華な服じゃった。母上が見たら目を輝かすのじゃ」
ダンデ林から抜け出して離れると、ミアは呑気に独り言をしながら歩き出す。そして、念の為に帽子を取って髪をおろし、もし見つかっても別人と言い逃れできるようにした。と言っても、追手なんか来るわけもなく無駄なわけだが。
「ぬぬう。しかし、一大事とは言え、人前で【聖属性】の魔法を使うのは不味かったかのう。いや。それよりも、天翼会が管理しておる天翼学園に入学した者のみが受け取れる魔装を使うた事の方が不味かったかもしれぬのじゃ」
ブツブツと独り言をぼやき乍ら歩く。その内容にはミアが身元を隠している理由のオンパレードで、誰かに聞かれたらいけないもの。しかし、ミアは気がつかずにブツブツ言う。ただ、運が良い事に今はお披露目会の前夜祭。ただでさえダンデ村は辺境の地にある田舎村なのに、前夜祭に大人達が出かけているので人の気配が全く無かった。おかげで誰かに聞かれるなんて事も無く、ミアは無事に家に辿り着く。
「ただいまなのじゃ」
誰に言うでもなく家に帰ってきた事を告げると、ミアは靴からスリッパに履き変えて家の中に入る。もちろんその後は手洗いうがいとしっかりこなして、兄の帽子をしっかり返す。
「なんだか今日は疲れたのじゃ。さっさと寝るかのう」
ミアは「ふぁあ」と大きくあくびして、眠気眼で自分の部屋に行き、そのままベッドにダイブした。
◇◇◇
ミアが眠ったのと同じ時間。ミアに助けられた王女ネモフィラは、とても真剣な顔で両親……つまりは国王と王妃を睨んでいた。
「お父様、お母様。わたくしも明日のお披露目会に行きたいです!」
「ならん。分かってくれ、ネモフィラ。盗賊に襲われたのだ。私やランタナの護衛もつけて、今直ぐに城に帰るべきなのだ」
「そんな! もしかしたら王子さまに会えるかもしれないのです!」
「王子さま……。その様な者が本当にこのダンデ村にいるのか? いったい何処の国の王子だと言うのだ?」
「あなた。フィーラの言う王子さまは、そう言う意味では無いですよ。ねえ? フィーラ」
「はい! お母様! 王子さまは、わたくしを助けてくれた王子さまなのです! わたくしは運命を感じました」
「やれやれ。いつも大人しいネモフィラが、そうまで夢中になる王子さまとやらか……」
国王は呆れた様子で呟いてため息を吐き出す。すると、三人の話を聞いていた人物が笑いながら話に加わる。
「本当に珍しい事もあるものだね。こんなに夢中になっているフィーラは初めて見たよ。母さんもそう思うだろう?」
「ええ。そうね、ランタナ。ふふふ」
加わった人物はネモフィラの兄ランタナ。チェラズスフロウレスの第二王子である七歳の少年だ。
「笑い事では無いぞ」
王妃もランタナと同じように笑いだすものだから、国王がしかめっ面になって二人を睨んだ。だけど、それも直ぐに終わる。
「そうです! 笑い事ではありません! お父様、お母様、ランタナお兄様、わたくしは王子さまと婚約したいです!」
「な、なんだと……っ!?」
「まあ」
「いいんじゃないかな?」
「良いわけがあるか。ネモフィラ、お前にはこの国の為にも天翼学園に入学して、そこで姉達のように他国の王子の中から婚約者を選ぶ役目があるのだぞ?」
「嫌です! わたくしは王子さまと結婚したいのです!」
「ふふふ。やっぱりいざと言う時は、あなたに似て強いですね。あんなに大人しかったフィーラが、こんなに自己主張が強いのだもの。好きにさせてあげましょう?」
「し、しかしだなあ……」
「父さん。国王としてではなく、親として見てあげなよ。父さんだけでなく、私を含めた兄や姉の言う事をいつも嫌な顔せずに聞いてくれているんだよ? 一つくらい我が儘を聞いてあげるのも、親として必要じゃないかな?」
「あら。息子に親としてだなんて言われてしまっては、父親として情けないですよ、あなた」
「はあ。分かった分かった。本当は父親としても、どこの馬の骨かも分からぬ男に娘をやるのが心配なのだが、そこまで言われれば私が折れるしかあるまい」
国王は額に手を当てため息を吐き出し、ネモフィラはパアッと晴れやかな顔になって喜びをあらわにした。そんな二人を見て、王妃とランタナは微笑んだけど、直ぐに状況は元通りになる。
何故ならば……。
「しかし、ネモフィラが城に先に帰らない理由にはならん。今晩中にネモフィラはアグレッティと一緒に帰るように。これは父では無く、国王としての命令だ」
「酷いです! お父様!」
ネモフィラの悲鳴にも似た怒声が鳴り響く。結局ネモフィラは命を狙われたからと言う理由で城に帰る事になり、それに母親が同伴する事になった。
ネモフィラは最後の最後まで抵抗したが、こればっかりは本当に身の危険を危惧して、ランタナと王妃の同意が得られなかった。ただ、ネモフィラが諦めたのは同意が得られなかったからなわけでは無い。
「王子さま……か。死者を蘇生した奇跡の件。考えれば考える程に、ネモフィラを助けてくれた人物が、もし男ではなく女であれば“聖女”様だったかもしれなかったのだがな。それが唯一残念だ」
国王が思わず漏らした言葉で、ネモフィラはその意味を理解して抵抗を止めたのだった。