婚約者を救出せよ(4)
「だから、旦那様は興味が無いと仰ってるんだ。帰れ帰れ」
「いいえ。帰りません。ここの主って、あの有名なレムナケーテ侯爵様でしょう? 麗しき美貌を兼ね備えたサンビタリア様を慕う心の広い殿方だと伺っております。是非お会いして、直接商品をと思っているのです」
ここはリベイアが捕らわれているフラワーパレスの玄関。
旅商人の衣装に変装しているメイクーとランタナが、見張りと交渉中だった。のだが、サンビタリアを褒めている様で実は貶している微妙に遠回しな嫌みをメイクーが言っている。因みに、“サンビタリア様を慕う心の広い殿方”の部分である。サンビタリアの前に“嫌みな”や“無能な”などを敢えてつけないのがポイントである。
「ったく。何度言ったら分かる? 心が広かろうと貴様のような奴に旦那様が会うわけないと言って――」
その時、見張りの言葉を遮って、ドーンと大きな音が鳴り響き、建物が大きく揺れる。見張りは大きく動揺し、音のなった方へと体の向きを変えた。するとその直後、メイクーが衣装の中に隠し持っていた小剣を取り出して、透かさず見張りを背後から切りつけた。
見張りは「ぐおっ」と声を上げてその場に倒れて、そのまま死亡……したわけでは無い。
「凄いな。ミアが言っていた通り、本当に眠ったぞ」
そう。この小剣には、斬った相手を眠らせる効果が付与されているのだ。これは変装の時にミアがメイクーに持たせて、例え悪人であっても何か事情があるかもしれないし、決して殺してはいけないと命じて渡した物である。殺すとしてもそれを確認してからでいいし、なんなら国王の判断に任せればいいと、ミアはランタナやメイクーやこの場にはいないヒルグラッセに話していた。
「流石は聖女様。まさか小剣に眠りを与える効果を付けるだなんて。ああ。何処までもついて行きます」
「君は相変わらずだな。と、話している場合では無いね。行こう」
「はい」
メイクーが玄関を蹴破り建物内に侵入し、その後ろにランタナが続く。建物内は騒々しかったが、目の前を行きかう者は一人もいなかった。そしてその理由は簡単だ。
「敵襲だあああああああ!」
聞こえてきたのは男の声で、ヒルグラッセが向かった裏口の方からだ。つまり、ヒルグラッセが上手く自分の役目を果たしていると言う事。
リベイア救出作戦は、ヒルグラッセの奇襲を合図として作戦実行となっていた。まずはヒルグラッセが裏口を破壊。次にメイクーが隙を見せた玄関の見張りを眠らせ侵入。ヒルグラッセが裏口で暴れて敵をひき寄せる所謂陽動をしている間に、ランタナとメイクーがリベイアを見つけて助ける。ミアは聖女とバレないように姿を見せず、陰ながら三人の補助。と言うのが、ミアの考えたリベイア救出作戦だった。しかもこの方法なら、婚約者のランタナが助けに来たと一目で分かるので「二人の仲が急接近するのじゃ!」と意気揚々と言っていた。だけど、この作戦はまさかの展開で失敗する事になってしまう。
「――っランタナ様大変です! 逃げられました!」
「なんだって!?」
ランタナとメイクーがリベイアが捕らわれていただろう部屋にやって来た時には、既にリベイアの姿は無かった。しかし、確かにここにさっきまでいたと言うのは分かる。何故なら、リベイアを縛っていたであろう縄が椅子の側に無造作に散らばっていて、更には逃げる為に開けたであろう穴が壁に空いていたからだ。その穴は外に通じていて、大人二人が簡単に通れるだけの大きさがあった。
ランタナが悔しそうに顔を歪めた。すると次の瞬間、メイクーが何かを察知してランタナを庇うように抱きかかえて横に跳ぶ。すると、先程までランタナがいた場所に大量の矢の雨が降り注いだ。
「仕留め損なったか」
そう言って弓を構えたマルクハルト子爵が姿を現す。マルクハルト子爵の頭上には、紫色の球体……魔装が浮いていた。
メイクーはランタナから離れて前に出ると、マルクハルト子爵と向き合って小剣を構える。
「頭上の玉は魔法には見えないわね。魔装と言うやつかしら?」
「ほう。よく分かったな? その姿……なるほど。旅商人と聞いていたが、騎士の変装だったか。子供まで連れて我々を謀るとは見上げたものだ。しかし、ここまでだ。私の魔装【夢遊のお香】で夢見心地のまま死なせてやろう」
直後、魔装から透明な何かが吹き出した。しかもそれはまるで意思を持っているかのように広がって、壁に空いた穴から外に漏れる事無く、部屋の中だけに甘い匂いが充満する。そして、ランタナとメイクーはボーっとした顔つきになり、二人はそのまま立ち尽くした。
マルクハルト子爵は勝利を確信し、天井を仰いで高笑いをする。
「ハハハハハ! 流石は私の夢遊のお香だ! 対象相手の意識を彷徨わせ、言った通りに行動させる事が出来る最強の魔装! これに私の土魔法で作り出した無限の矢があれば、私に敵う者はいない! ハハハハ――」
「殆ど彼女の予想していた通りの効力と言うわけか」
「――っ!?」
マルクハルト子爵が高笑いをしている最中に聞こえた声は、ランタナの声だった。マルクハルト子爵は驚いてランタナに視線を向けようとしたが叶わない。何故ならば、既にメイクーがマルクハルト子爵を間合いに入れていたからだ。
「聖女様の慈悲に感謝しなさい」
「――がは……っ」
メイクーがマルクハルト子爵を斬り払い、マルクハルト子爵はその場に倒れて文字通りの深い眠りについた。
「ミアは凄いな。まさか鼻に詰め物をする事で魔装に対抗する手段を作るなんてね」
「はい。襲われた見張りの騎士の話を聞いただけで魔装の力を予想して対抗策を考えるなんて、流石としか言いようがありません。おかげで苦戦する事無く勝利できました。しかし……」
「ああ。喜んでばかりもいられないな。リベイアはいったい何処に連れて行かれたんだろうね?」
「マルクハルト子爵の魔装の力を考えると、レムナケーテ侯爵がリベイア様を助けて逃げ出した。と言う事では無いでしょう。恐らく操られているかと。一先ずミア様やヒルグラッセと合流して、状況の確認を致しましょう」
「そうしよう。……リベイア、無事でいてくれ」




