聖女の価値
天翼学園の入学式は保護者がいない事を除けば、日本で行われる小中高の入学式と殆ど変わらないものだった。開会の言葉を司会者が宣言し、新入生が入場。国歌斉唱などは無いけれど、在校生代表の歓迎の言葉や、学年のクラスごとの担任の紹介。ただ、学園長は姿を見せず、代わりに何人かいる副園長の代表が挨拶をしていた。
そして、新入生代表の挨拶で選ばれたのは、聖女と名乗るチェリッシュだ。この時は誰もが背筋を伸ばして姿勢を整え、彼女に注目し、口から発せられる声に耳を澄ませた。静寂の中でチェリッシュの声だけが式場内に響き、生徒の中にはその声だけで感動して泣く者まで現れる。そして、チェリッシュが挨拶を終えると誰もが我先にと拍手して、彼女が席に戻って着席してもそれは続いた。
「静粛に!」
拍手が鳴りやまぬ中、誰かが拍手の音よりも大きな声を上げた。すると、驚くべき事にピタリと全員が合わせるように拍手をやめて、一瞬にして静けさが訪れる。そしてそれは、全員の意思の下で成り立ったものでは無かった。
(む? 魔力の残留が会場内を覆っておるのじゃ。と言う事は魔装を使ったのじゃな)
一瞬で拍手がやんだ理由は、ミアが考えた通りだ。この不可思議な現象は魔装が絡んでいて、だからこそ、全員が合わせるように拍手をやめたのである。その為この現象に心当たりのある上級生たちは動揺をしていなかったけど、新入生たちは動揺が隠せず緊張のあまりに息を呑む。何が起きたのかと震えだした者までいた。が、特に事件が起きるわけでも無い。入学式が予定通りに進むだけだ。
「以上で入学式を終了する! 在校生は新入生全員に拍手をし見送ること!」
司会者が大声で告げると、新入生退場の時間となる。退場も入場時と同じで、ミアのクラスからの退場となり、さっきよりも小さめの拍手でミアたちは見送られた。教室に戻っている途中は、どのクラスも聖女の話でもちきりで、それはミアのクラスでも同じだった。
「聖女様のクラスの奴等は良いよなあ。俺も聖女様と同じクラスになりたかった」
「本当だよなあ。本当に羨ましいぜ」
「貴女、聖女様と同じ聖奉国の方なのでしょう? よろしければ、是非聖女様も誘ってお茶会をしたいのだけど、どうかしら?」
「私達の一存では決め兼ねますので、聖女様にご相談します」
「そう言う事でしたら、是非我が国のお茶会に……いいえ。社交界にご招待させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「それでしたら我が国にも!」
大人気である。ミアのクラスにも、チェリッシュの出身国である聖奉国カテドールセントの生徒が二人いる。だから、どうにかしてその二人を通して、聖女とお近づきになりたいと思う他国の生徒は多い。一人がお茶会にと誘えば、次から次へと同じ考えの生徒が誘い出し、ミアはそれを見て思う。
(やっぱり聖女なんて碌なもんじゃないのじゃ。本当にワシが聖女じゃなくて良かったのじゃ)
もしこの輪の中心に自分がいたらと思うとゾッとする。そんな気持ちで彼等彼女等を眺めて、ネモフィラと仲良くお喋りし乍らルンルン気分で教室に向かった。
「じゃあ、今から施設の説明をするです」
教室に戻るとラテールの説明が始まる。施設の量は思った以上に多く、これは時間がかかると納得する程だった。そしてそんな中でもミアが気になったのは、やはり大図書館の存在だ。
「大図書館には世界中の国の歴史が記されている本もあるです。それに、過去に聖女が起こした奇跡について記載された本も沢山あるです」
「ラテール先生質問してもよろしいですか?」
そう言って手を挙げたのは、聖奉国の男子生徒だ。彼はメガネの縁をくいっと上げ、真剣な面持ちをラテールに向けていた。
「グラック。何です?」
「過去の聖女様が起こした奇跡について記された書物の殆どは、我が聖奉国カテドールセントが管理すべきであり、そして何よりも貴重な書物です。その貴重な書物が学園にある理由は先輩方や父上から聞いていますし、理解もしています。しかし、俺には分からない事があります。何故、聖女様の書物を図書館などと言う不特定多数の者が利用出来る場所で保管しているのでしょうか? もっとしっかりと管理をして、閲覧できる者を絞り制限するべきです。例えば、チェラズスフロウレスなどと言う聖女様の名を汚そうとする国が読めると言うのは如何なものかと」
「チェラズスフロウレスが聖女の名を汚すです?」
「はい。聖女様と関係の無い者を聖女様の代弁者として言いふらすなど、その最たる行為かと」
グラックと呼ばれた生徒の発言で、教室の空気が重くなった。そして、それは更に悪化する。
「そんな連中にも神聖なる聖女様の書物の閲覧を許すなど、貴女は……いえ。天翼会は、聖女様の価値を理解していないのではないですか?」




