婚約者を救出せよ(3)
フラワーパレス街。王都の北北西にある貴族達が娯楽で作った建物が立ち並ぶ住宅街。建物と言っても、それはウッドフラワーと言う名の巨大な花で出来ている。
ウッドフラワーは十メートル以上も背のある花で、茎の部分がぷっくらとしていて、そこを人の住める空間に出来る植物である。そしてそのウッドフラワーを使った家が、フラワーパレスと呼ばれている。ミア達がリベイアを助けにやって来たのは、そのフラワーパレスが立ち並ぶフラワーパレス街の内の一つ、一際大きなフラワーパレスだった。
「玄関に二人、裏にも二人……花弁には四人いますね」
「凄いのう。グラッセさんは臭いでそんな事まで分かるのじゃな」
「はい。私は犬の獣人なので、嗅覚が優れているのです。それはそうと、何故ミア様は男装にしたのですか?」
「はっはっはっ。ワシもまだまだ男に見えるじゃろう?」
「はあ……?」
ヒルグラッセが冷や汗を流して困惑する。と言うのも、正体バレを避けるためにミアが少年用の衣服を着ていて、もの凄く自慢気だからである。もちろん変装にはぬかりなく? 帽子も被っていて、長い髪の毛も帽子の中に隠している。その姿はネモフィラを救ったあの時と同じだった。
変装しているのはミアだけでは無い。ランタナとメイクーは商人の衣装を身に纏って変装していて、変装をしていないのはヒルグラッセだけだった。
「無駄話は後にしてくれ。計画通り私とメイクーで商人として接触を試みる。ミアとヒルグラッセは予定通りに――」
「わかっておる。そうカリカリするでないのじゃ」
「かりかり……?」
「焦って怒りっぽくなるなって事なのじゃ」
「……分かってるよ。行くぞ、メイクー」
「は!」
(うーむ。やはり王族の教育でしっかりしておるといっても七歳の子供じゃなあ。変装に時間をかけてしまった分の焦りが顔に出ておる。心配じゃが、一先ずメイクーに任せておくのじゃ)
ランタナとメイクーが親子で旅をしている旅商人のフリをして正面から堂々と行く背中を見送って、ミアはヒルグラッセに視線を移す。すると、ヒルグラッセは無言で頷いて、裏口のある方へと駆け出した。
(さて、ワシは屋上……じゃなくて花弁なのじゃ)
周囲を見回して誰もいない事を確認すると、ミミミを出現させてピストルに姿を変えさせる。そして、花弁に向かってピストルを構えた。
「やっぱりここからだと狙うにはちと無理があるのう。仕方が無い。ちょっとだけ本気を出すのじゃ」
呟くと、全身に魔力を満たし、跳躍。そして壁蹴り。
驚くべき事に、ミアは家と家の壁を地面のように蹴り上げて交互に行き来して、最後にはリベイアが捕らわれているフラワーパレスの花弁に着地した。それはあまりにも一瞬で、更には音も無く、そこにいた四人の見張りはミアに直ぐには気がつかない。
そして――
「ん? 誰――」
――気がついた時には、ミアの光の弾丸の餌食になって四人同時に気絶した。
「まずは侵入成功なのじゃ。さて……む? あそこにおるのは……ぬぬう。まったく、まさかのまさかじゃなあ。すまぬのじゃ、ランタナ殿下。ワシはちと急用が出来たみたいなのじゃ。こちらは任せるのじゃ」
◇◇◇
「子連れの旅の商人? 追い返せ」
「了解」
ここはフラワーパレス内部。パッと見は特に何か変わった物があるわけでもない貴族の部屋だが、流れる空気は異様なもの。ランタナの婚約者リベイアが口に猿轡をされ椅子に縛り付けられて、貴族の男に刃物を突き付けられている。そしてその側には、レムナケーテ侯爵……つまりはリベイアの父親の姿があった。
「頼む。もう良いだろう? マルクハルト子爵、娘を解放してくれ。貴殿を利用しようと考えた私が悪かったのだ」
「おいおい。もう後戻りが出来ないのは分かっているだろう? 作戦は最終段階に入るんだ。王女殺しの覚悟を決めるんだな。今頃ヘルスター殿がネモフィラ殿下を連れて集合場所に向かっている筈だ。娘の命を助けたいのだろう? 貴殿がここでの殺しがしたくないとどうしても言うから、わざわざ場所を変更してやったのだ。それだけでも十分な譲歩だろう?」
「し、しかし……」
「貴殿の別荘の一つで王女殺しをせずに済むのだ。他に何の不満がある?」
「私がネモフィラ様を殺すなど……。私はそこまでは望んでいない。まさかこんな事になるとは思わなかったのだ。それに、ヘルスターがまさか貴殿と同じアネモネ派だなんて……」
「あの方はネモフィラ派を装っているに過ぎない。騙されている貴殿等が悪いのだよ。分かったらさっさと行け。私は証拠の隠滅の準備をしてから行ってやると言っているのだ。それとも、娘を今直ぐこの場で殺されたいのか?」
レムナケーテ侯爵は顔を曇らせ、リベイアに視線を向けた。リベイアは泣き腫らした顔を俯かせて、その顔を上げる事は無かった。しかし、それも当然だろう。誘拐された事で散々恐怖を味わって、今もまだ刃物を突き付けられている。更には悪事に手を染めた父親に失望していた。七歳の少女にはあまりにも重い現実だ。リベイアは恐怖や失望などの色々な負の感情で押し潰されてしまいそうだった。
「リベイア……すまない…………」
レムナケーテ侯爵がリベイアに謝っても、リベイアが顔を上げる事はない。レムナケーテ侯爵は重い腰を上げて部屋を出ようとした。だけど、その時丁度部屋の扉を開けて、マルクハルト子爵の従者が部屋に入ってきた。
「失礼します。旦那様、商人が旦那様に直接会って商品を紹介したいと……」
「はあ? まだいるのか? 家主であるレムナケーテ侯爵にそんな暇は無い。私もここで姿を見せるわけにはいかんのだ。いいから追い返せ」
「も、申し訳ございません。し、しかし、商に――」
「言い訳などいらん! 今直ぐ――」
その時、突然大きな爆発音が鳴り響く。音は裏口の方から聞こえてきて、この場にいる全員が何事かと驚いた。そして、今度は「敵襲だあああああああ!」と怒鳴り声が響き渡った。
「――馬鹿な! ここが王国の騎士共にばれたのか!?」




