婚約者を救出せよ(1)
突然慌てた様子で現れたネモフィラによって告げられた新たな事件。それは、レムナケーテ侯爵の息女であるリベイアが何者かに誘拐されたと言うもの。誘拐する瞬間を目撃した者が複数人いたようだ。
「ランタナ殿下がそれを聞いて城を飛び出したじゃと?」
「はい。目撃者の証言で北へ向かったと聞いて、お父様とお母様が止めようとしたのですけど、それを聞かずに近衛騎士を一人も連れずに行ってしまったのです」
「こうしてはおれん。ワシも行くのじゃ」
「ミア様、いけません!」
ミアが救護室を飛び出そうとすると、それを侍従たちが道を塞いで止めた。
「お主等、そこをどいてはくれぬかのう?」
「出来ません。ミア様を危険な所に行かせられるわけがないじゃないですか」
「ミア様は五歳の女の子なんですよ。行ってどうすると言うのですか?」
「しかしじゃなあ。国家機密でお主等には言えんのじゃが、ワシにも行かないといけない事情があるのじゃ」
「それは……いえ。承知致しました。くれぐれもご無理をなさらない様にして下さい」
「うむ。ありがとうなのじゃ」
「ルニィ?」
「いいのよ、クリマーテ。ミア様を行かせてあげましょう」
クリマーテは悔しそうな表情を見せて一歩下がった。だけど、ヒルグラッセだけは違う。真剣な面持ちでミアの前に立ち、そして、跪いた。
「どうか私だけでも連れて行って下さい」
「すまぬがそれは出来ぬ」
「ですが――」
「ヒルグラッセ。あなたはわたくしの護衛をして下さい。代わりにメイクーをミアの護衛につけます。メイクーであればミアが国王陛下から受けている国家機密を知っているので、護衛として共に行動しても問題がありません」
「……承知致しました」
ネモフィラの提案にヒルグラッセも認めるしか出来ずに頷いた。だけど、ヒルグラッセは顔にこそ出してはいないが犬尻尾は垂れ下がっていて、悲しいと言う感情がまるわかりだ。それを見てミアは罪悪感を覚えたけど、ここで立ち止まっている場合では無いので、メイクーを連れて直ぐに救護室を飛び出した。
「メイクー。念の為に確認しておくが、王国騎士に魔装を使用できる者はおらんのじゃな?」
「はい。お恥ずかしい事に、チェラズスフロウレスの者が天翼学園に通いだしたのが、サンビタリア様が初なのです。それも探りを入れる為のもので、実際に学園を利用する事になったのがアネモネ様の世代からです」
「学園が開設されたのが二十年前と言う話じゃし、仕方が無いと言えば仕方が無いのかのう。しかし、それにしてもアネモネ殿下世代か……ちと経験値的に不安じゃな。騎士志望者の者たちにリベイアの救出は任せて、その者達の活躍に期待するとして、ワシ等はランタナ殿下と合流を優先するのじゃ」
「ランタナ殿下のお手伝いをしてリベイア様を助けるのではないのですか?」
「必要無いと言いたいが、それは状況次第なのじゃ。王国の騎士に任せて大丈夫であれば、ワシが表にしゃしゃり出る必要も無いじゃろう」
「分かりました。ミア様の活躍をこの目で見届けたかったのですが、それは別の機会まで我慢致します」
「ぬぬう。そんな機会は訪れない方が良いのじゃ。っと、ここなら人目がつかぬのじゃ」
ミアとメイクーは会話しながら北へと走っていたが、人気の無い場所にやって来るとミアが立ち止まる。ミアは深呼吸を一度して目を閉じ、次の瞬間に全身から白金の光を溢れさせた。
メイクーは目を輝かせてそれに見入り若干興奮気味になる。そんなちょっと引くくらいな感じの状態のメイクーの目の前で、ミアから溢れ出していた光が一瞬だけ周囲にピカッと広がった。光が広がるとミアから溢れていた白金の光も消えて、ミアはゆっくりと目を開いて、北北西の方角に視線を向ける。
「ふむ。あっちなのじゃ」
「み、ミア様! 今のは何をなされたのですか!?」
「サーチライトと言う魔法で光を周囲に飛ばして、知り合いのいる場所を調べたのじゃ」
「す、素晴らしいです! 聖属性の魔法はそんな便利な事も出来るのですね!?」
「まあ、知っている者の居場所しか分からぬので、使い勝手は悪いのが難点じゃがな。それに追跡機能も無いから動かれてしまえば意味が無いのじゃ」
「それでも凄いですよ! 流石は聖――――っあ」
メイクーは聖女様と言おうとして途中でやめた。何故なら、今の光で人が何だ何だと数人ではあるが集まってきたからだ。魔法を使った所を見たわけでは無いけど、突然白金の光が放たれたので、近くにいた人が不思議に思って集まるのも仕方がない事だろう。
ミアはこの場に留まるのを危険に感じて、メイクーに「ついて来るのじゃ」と一言言って駆けだした。そして、ついて来たメイクーに顔を向けずに、そのまま前を向いて走りながら話しかける。
「サーチライトを使って分かったのじゃが、この誘拐事件は思っていたより面倒な事になってるかもしれないのじゃ」
「面倒な事ですか?」
「リベイアの居場所も魔法で判明したのじゃが、そこにワシとフィーラの勉強を見てくれておるヘルスター先生もおるようなのじゃ」
「――っな! それは本当ですか!?」
「うむ。確かヘルスター先生はフィーラの派閥じゃった筈なのじゃが……」
「はい。私も何度か派閥の招集会の偵察に行った時に見ています。でも、何故ヘルスターが……」
「わからぬのじゃ。これは思っていたより複雑な事情がありそうじゃなあ。とにかく先にランタナ殿下と合流するのじゃ」
「はい!」
「それから一つ相談なのじゃ」
「はい? 相談ですか?」
「うむ。実はサーチライトを使って分かったのじゃが、グラッセさんに後をつけられていたみたいで、魔法を使った所も見られていたっぽいのじゃ」
「ヒルグラッセが……?」
「今も一定の距離を保って後をつけられておる。だからのう。グラッセさんになんて説明すれば良いのか、一緒に考えてほしいのじゃ」
そうメイクーに頼んだミアの顔は目をうるうるとさせた本気のお困り状態で、メイクーは思わずその可愛さに目を奪われて家の塀にぶつかって倒れてしまった。
「メイクー!?」




