事件発生
夜になって両親と兄が出かけると、ミアは兄の帽子を借りて散歩に出かけた。
五歳の少女が夜に一人で出歩くなんて危険だと思うかもしれないが、ミアにとっては日常茶飯事の事だった。ミアは自分以外出かけて家に誰もいなくなると、こうやってこっそり抜け出して散歩に出かけるのだ。一緒に出かけないのも、実はこう言った時間がほしいからと言うのもあった。因みに兄の帽子を借りたのは、身元がばれない為の変装のつもりである。長い髪の毛を束ねて、帽子を被ってその中に髪を隠す事で、兄のおさがりの服装も相まって少年のような見た目になるからだ。しかも、ミアはまだ五歳の少女。男の子も女の子も服を着ていれば体型が大して変わらないので、夜で暗いと言うのもあって顔をしっかり見ないと分かり辛く、美少女では無く美少年と思われる事もある。だから、ミアの変装のつもり程度の変装であっても、それなりに効果は抜群だった。
「星空が綺麗なのじゃ」
夜空に輝く満天の星は本当に美しく綺麗で、ミアはそれを見上げ乍らのんびりと歩く。
「そうじゃ。ダンデ林にでも久々に行こうかのう。明日はお披露目会の前にジェティと会う約束をしておるし、この前ワタワタと一緒に貰った魔装で生まれたミミミの調子を見てもらう前に、少し試し撃ちしておくのじゃ」
ミアがそう言うと、何処から現れたのか、ミアの頭の上に真っ白で耳が鳥の羽のような見た目をしているウサギが現れる。ウサギは現れたと思うと直ぐに耳を羽ばたかせ、ミアの周囲を飛び回り始めた。
「やはりミミミは可愛ええのう。うむうむ。でも、お主は本来ワシのような子供が持ってはおらぬ筈のものじゃ。人目につかぬうちにワシの中に戻るのじゃ」
ミアが優しく話しかけると、ウサギが「ぶー」と鳴いて頷いて、ミアの中へと入っていった。
「しかし、ミミミの飛び回るスピードを考えるに、もしかしたらジェティの調整がちゃんと出来ておらんのではないか……? いやいや。あれだけ調整しろと言っておいたのじゃ。大丈夫じゃろう。どちらにせよ、明日会うのじゃ。その時に話せば良い事じゃし、試し撃ちすればそれも分かるのじゃ」
独り言をしながらブツブツとミアは星空を見るのも忘れて歩き続け、気が付けばダンデ林と呼ばれる雑木林に辿り着いていた。
「ありゃ? もう着いたのじゃ。いつもの散歩コースにでも……むむ?」
ダンデ林には、いつも通っている散歩コースがある。その散歩コースとは、光る雑草や光る果実などがある幻想的な物が見れる素敵な散歩コースなのだ。だけど、その散歩コースに向かおうとする前に、ミアは異常を察知した。
(風に乗って血の臭いがするのじゃ。……しかも、この臭いは獣の臭いでは無いのじゃ。まさか人間の血かのう?)
周囲を見回し、その血の臭いが雑木林の中から漂っていると判断し、ミアは雑木林の中に向かって慎重に歩き始める。
「ミミミ。戦闘モードに移行じゃ」
小さく呟き、その直後にウサギが体内から現れて姿を変えてピストルとなる。ミアはピストルを慣れた手つきで手に取って駆け出し、その直後に「きゃあああああ!」と若い大人の女性の悲鳴が聞こえてきた。
「やはり誰かが襲われておる。仕方ないのじゃ。あまり使いたくはないが魔法を使うのじゃ」
次の瞬間、薄っすらと金色が混ざった白い光……言うなれば白金と呼ぶべきだろうか? それがミアの体を包み込む。そして、ミアの走る速度が驚愕する程に増して、それは光の速さとなった。
ミアは瞬きする暇も無いような一瞬で悲鳴が聞こえた場所に辿り着いたが、それでも少し遅かった。悲鳴を聞いた後に直ぐ魔法を使いはしたが、そこには無駄な独り言が入っている。その間に事を済ませて犯人が移動してしまったのだろう。現場に辿り着いた頃には、既に悲鳴の主だったであろう女性は大量の血を流して倒れていて、既に死んでしまっていた。そしてそれはその女性だけでは無い。
無残にもそこ等中に死体が転がっていて、血の臭いが充満していた。
「なんとむごい事を……可哀想に。でも、安心するのじゃ。ワシが助けてやるからのう」
ミアはそう言うと、大きく息を吸って目をつぶる。すると次の瞬間、ミアを中心に地面に白金の魔法陣が浮かび上がり、全ての死体が淡い光に包まれた。
「コンテニューロード“ワイドレンジ”なのじゃ」
魔法を唱えると、死体だった者たちが息を吹き返し、目は覚まさないものの全員が甦った。
ミアは額に薄っすらと汗を浮かべて、腕でそれを拭いながら「ふう」と吐息を漏らす。
「いっぺんに甦らすのは骨が折れるのじゃ」
(しかし、被害者はメイドに騎士……ふむ。メイドと騎士だけと言うのは変じゃなあ。どこかに雇い主……貴族の者がいる筈じゃ。恐らく襲われたのはその貴族じゃろう。そうなると、まだ近くにいて、今まさに襲われておる可能性もあるのじゃ)
呟くと、ミアは口に出さずに考えをまとめた。ミアの考えでは、死んでいたのが全員メイドと騎士だけだったから雇い主もいる筈で、実際に誰かに襲われたのはその雇い主だと言う事。そして、その雇い主は今も逃げていて、近くを捜せば助ける事が出来るかもしれないと言う事。
ミアはそれならと周囲をキョロキョロと見回して、目を細めた。
「ほう。あんな木の上に狙撃手がおるではないか。つまりあっちの方角に奴の獲物である貴族がおると言う事か。しかし、あんな丸見えなところで狙撃とは、己が狙われる事を想定していないのかのう? この世界ではどうか知らぬが、あれではPvPでは生き残れんのじゃ」
不意に出たミアのPvPと言う言葉。人によっては聞きなれた言葉であり、それはミアがこの世界とは違う世界を知っていると言う証だが、その意味その理由は今は置いておこう。
ミアはピストルを構えて銃口を狙撃手に向け、躊躇う事なく発砲した。