寂しい初日の出
「ドゥーウィン! ドゥーウィン! しっかりしなさい!」
「……っ。んぁ……? ハニー……?」
「お。目を覚ましたようじゃのう」
「まったく。心配させないでよ」
ここは魔石もぐらの炭坑内部のネモフィラとフラウロスが戦った空洞内。ミアとリリィが地面に倒れていたトンペットを見つけて、回復して目覚めさせた所だ。
「あああああ! 王女は!? 王女は無事ッスか!?」
トンペットが慌てた様子で起き上がって飛翔して、周囲を見回す。だけど、今は周囲に他の人影も無く、いるのはこの三人だけ。ミアの侍従たちはもちろん、フラウロスたちの姿も無い。とっくに逃げられてしまった後だった。
「私とミアが来た時には貴女しかいなかったわよ」
「……マジッスか? ボクとした事が油断したッスう!」
「仕方が無いわよ。フラウロスは捕まえて直ぐに逃げたから魔装を使えるのだし、あの女の能力は厄介だもの」
「だとしても悔しいッス」
トンペットは悔しがり、リリィが頭を撫でて慰める。それから直ぐに三人は炭坑を後にした。ここにネモフィラやカナ、そしてフラウロスがいない今、この場に留まっている必要は無い。直ぐに妖狐山で待つ皆と合流して、ネモフィラを救いだす為の作戦を立てなければならないのだ。
「そう言えば、ハニーとのじゃロリだけしかいないんスか?」
「急いでいたから二人で来たのよ」
「他の者は今頃妖狐山を下りておるはずじゃ」
ミアとリリィが二人だけでここまで来たのは、その方が早く駆けつける事が出来るから。ミアは光速で動く事が出来るし、リリィは驚く事にそれについていける。流石は天翼会の一人と言うべきか、光速で走る事が出来るのだ。これにはミアも驚いたが、おかげで道に迷うことなく魔石もぐらの炭坑に到着できた。とは言え、帰りは光速では帰らない。山の麓で皆と合流出来ればいいので、トンペットの飛ぶ速度に合わせて帰るのだ。
三人は移動し乍ら、ヘルスターとクリマーテから聞いた事を話し合った。
「ショタコンババアとアタオカジジイがチェラズスフロウレスとブレゴンラスドに戦争を仕掛けて、そのついでに失禁王を助け出す。って、随分と滅茶苦茶な計画ッスね」
「そ、そうじゃな」
トンペットが“ショタコンババア”だの“アタオカジジイ”だの言いだすものだから、その口の悪さにミアが冷や汗を流す。尚、アンスリウムこと失禁王には最早何も言うまいの精神である。因みに、ショタコンババアはフラウロスの事で、アタオカジジイ(頭がおかしいお爺さんの略)はヘルスターの事である。しかし、実は意外と的を得ている事を言っている。
フラウロスは聞けば四十三の女性で、まだ今年十四歳で成人していないアンスリウムが、十六の年に成人したら結婚しようと考えている。日本なら確実に犯罪者のそれである。ヘルスターは誰がどう見てもイカレタ狂信者で、最早言葉が通じない程。それ等を考えれば、トンペットが言う悪口は言い得て妙で、ミアは納得して感心してしまう。
「聞けば聞くほど呆れるッス。国同士の戦争がご法度で、そんな事したらボク等の会長が黙ってないって分かる筈なんスけどね~。ショタコンババアはバカなんスか?」
「バカなのよ。でも、困ったわね。ヘルスターは船を隠している場所を知らないみたいだし、また行方が分からなくなってしまったわね」
「え? アタオカジジイは場所を知らなかったんスか?」
「うむ。フラウロスは用心深いのじゃろう。ヘルスターはブレゴンラスドに向かう予定だったから、チェラズスフロウレスへ向かう予定の船の場所は教えておらんかったのじゃ」
「うわぁ。面倒な事になったッスね」
「本当にね。あの女。次会ったら殺してやろうかしら」
「ご主人が聞いたら絶対止めると思うッス」
リリィが眉尻を上げ乍ら物騒な事を言うと、トンペットが冷や汗を流して答えた。すると、ミアが真剣な面持ちを二人に向け「その事じゃが」と言葉を続ける。
「フラウロスの事はワシに任せては貰えぬかのう?」
「え? なんでッスか? ショタコンババアは天翼会の人間だし、ボク等に任せてくれればいいッスよ」
「そうね。これ以上貴女達を巻き込めないし、王女の事なら任せてくれて大丈夫よ」
「ワシにとって、クリマさんは大事な家族で、フィーラは大切な親友なのじゃ。その二人がこんな目に合うたのじゃ。流石にワシも黙ってはおれぬ。だから、フラウロスはワシがケジメをつけさせたいのじゃ」
ミアは静かに怒り、真剣な眼差しでリリィと目を合わせる。すると、リリィは「仕方が無いわね」と呟いて、柔らかな微笑みを見せた。
「私だって、ジャスミンが酷い目にあったら黙ってられないもの。ミアの気持ちは分かるわ。だから、今回は貴女に譲ってあげる」
「恩に着るのじゃ。……む? そう言えば、ジャスミン先生も強制転移を受けたようじゃけど、ワシにフラウロスの処遇を譲っても良かったのじゃ?」
「気にする事無いわ。ジャスミンからは既に連絡を受けているのよ。でも、ジャスミンから聞いた話だと、暫らく帰って来れないようね」
「そうなのじゃ?」
「ええ。“野良猫の集会の真ん中に飛ばされて、可愛すぎて身動きが取れなくなっちゃったよぉ!”って言っていたのよ」
「マジでご主人はバカだから仕方が無いッスね」
「…………」
とんでもなくしょうもない理由で戻って来れないジャスミンに、ミアは冷や汗を流した。ネモフィラが攫われてしまったこんな状況だと言うのに、なんだか気が抜ける。でも、決してネモフィラの事を蔑ろにはしない。
(フィーラ。絶対に助けるのじゃ)
ミアがそう決意すると、それを応援するように初日の出が昇った。本当はネモフィラと見る筈だった初日の出。見ていると少し悲しくなって、ミアは少しだけ目を潤ませた。




