王女の戦い(3)
「マモン。最後のチャンスよ。王女を拘束して、こちらに投げてくれる? そうしたら二人を返してあげるわ」
「は? ふざけるな! そのまま交換で良いだろ!」
「良くないわ。そのままだと逃げ出す可能性がある。単純な貴女が考えそうな作戦でしょう?」
「そ、それは……」
「あら? その反応。正解なの? 本当に単純ね。でも、残念だったわね。さあ。早く拘束しなさい」
モーナの作戦は言われた通りに単純なものだった。交換の際にネモフィラがフラウロスに不意打ちして隙を作り、その隙にモーナが三人まとめて逃がす作戦だった。ネモフィラではフラウロスを倒す事は出来ないけど、不意打ちであれば隙をつくる事は出来る。そう考えての作戦で、トンペットの協力を得た事で確実なものになる予定だった。
作戦を聞いたジャスミンは上手くいくか心配していたけど、下手に拘束して連れて行けば逃げられないかもしれないしと、受け入れるしかなかった。そして、近くで身を潜めて、万が一に備えていた。しかし、作戦を決行する前に見破られてしまった。こうなると、作戦の変更を余儀なくされるわけだが、フラウロスの方が一枚上手だった。
「仕方が無いわ。そこに隠れているジャスミンを先に排除してあげる」
「――っ」
近くでジャスミンが身を潜めていた事に気がつかれ、ネモフィラとモーナが驚く。そして、その直後に、ジャスミンの「え? 嘘!?」と言う声が聞こえた。二人が焦った様子でそちらに視線を向ければ、ジャスミンが慌てて出て来て直後に消えてしまい、その場に地中からフレイムモールが二匹現れた。
「アハハハハハハハ! 驚く事ないわよ! 念の為にフレイムモールを地中に忍ばせておいたの! 転移用の魔石を持たせてね! あんな化け物と戦ってなんていられないもの!」
フラウロスが笑みを浮かべ、もぐらたちが集まった。一匹は檻の上に乗り、一匹は檻の前を陣取り、一匹はフラウロスの前に出る。
「お前ええ! 甘狸をどこにやったあ!」
「さあ? 転移先はこの子達に任せておいたから、私の知る所では無いわ。そんな事より、どうするの? 交換」
「……っくそ」
モーナは悪態をつき、ネモフィラに視線を向け目がかち合う。すると、ネモフィラは真剣な面持ちで、恐怖で体と声を震わせながらも「お願いします」と頷いた。モーナは躊躇いながらもそれを受け入れる事しか出来ず、鎖を魔法で出現させて、ネモフィラを拘束しようとした。
だけど、そんな時だ。大きなあくびの「ふぁあ」と間の抜けた声が響き渡り、ネモフィラのスカートの中からラテールが飛び出した。
「お前等全員おバカです」
「あ! お前!」
「ラテール先生!?」
ラテールがネモフィラのスカートの中に隠れていた事を知らなかったのだろう。ネモフィラもモーナも驚いて、ラテールの顔をマジマジと見た。そんな二人の反応に、フラウロスもこれはラテールの独断による行動だと悟り、自分の行動が早急すぎたと苛立った。
フラウロスは元天翼会の一員だから、ジャスミンが精霊使いだと言う事はもちろん知っている。フレイムモールが地中から様子を見てジャスミンが隠れている事を知ったフラウロスは、同時に精霊が一緒にいるかどうかを調べさせて、一人もいない事を知った。精霊使いの側に精霊がいないのだから、普通であれば怪しむだろうが、ジャスミンは特殊だった。
天翼学園やチェラズスフロウレス寮の学生たちでも知っている程に、ジャスミンは精霊を連れずに行動する事が多い。それどころか、精霊たちが主の許を離れて自由に動き回るので、学園でも精霊が側にいない事の方が多かった。だから、フラウロスはジャスミンなら精霊が側にいなくても普通だと、勝手に思ってしまったのだ。
しかし、苛立ちはしたもののフラウロスは落ち着いた様子で側にいるフレイムモールに目配せして、フレイムモールが一匹地中に潜った。一方、驚きのあまりにモーナはそれを見落として、ラテールに指をさす。
「な、なんでお前がいるんだ!?」
「ジャスもお前も王女も馬鹿だからに決まってるです」
「も、申し訳ございません」
いつの間にか感じていた恐怖も綺麗サッパリと消えて、何故か謝ってしまったネモフィラ。そんなネモフィラにラテールが珍しく微笑んだ。
「分かればいいです。次からはこんな無謀はやめるですよ」
そう言って、ラテールはフラウロスに体を向けて、眠気眼で睨み見た。
「そう言うわけだから人質交換は無しです。その代わりにお前の血祭りショーの始まりです。甘々なジャスがいなくなったから手加減しないです」
「ジャスミンから逃げていた私が、貴女達精霊の対策をしていないとでも思っていたの?」
フラウロスが不気味に笑むと、その直後に地中に潜ったフレイムモールがラテールの目の前に飛び出す。
「ふん。不意をついたつもりかもしれないですけど、ラテはこんな事では――っ!?」
その時、ラテールに衝撃が走る。何故なら……。
「こ、これは……っ」
「安眠枕よ。このまま黙って見過ごすなら、それを貴女にあげるわ」
「なん……だと…………です」
何故なら、フレイムモールがラテールに精霊用の安眠枕を差し出したからだ。シリアスな空気は明後日の方向に消えていき、ラテールは目の前に出された安眠枕に目が釘づけになり、あげるとまで言われて身動きが出来なくなってしまった。
「なあ? あいつの方が馬鹿だよな?」
「…………」
モーナがラテールに指をさし、ネモフィラは無言のまま困惑し、直後に隙だらけになったラテールが強制転移させられてしまった。




