食べ物を大事にする派の聖女
「まったく。料理に毒を仕込むとは、なんと言う勿体無い事をしでかすんじゃ」
「確かに勿体無いかもしれないけれど、命を狙われたのに言う言葉はそれで合ってるのかい? ミア」
プンスカと怒るミアにランタナが冷や汗を流して質問すると、ミアは迷いのない眼を向けて「うむ」と頷いた。
さて、突然何事かと言うと、楽しみにしていた昼食の時間に、毒を盛られると言う事件が起きたのだ。しかも、狙われたのはネモフィラでは無くミア。ただ、ミアが毒の盛られた料理に手を出す前に、ヒルグラッセが毒の臭いを嗅ぎつけて食べずにすんだ。そして、自分の命が狙われたと言うのに、ミアはそれよりも料理が台無しになった事に腹を立てていた。
「でも、誰がこんな事を……。わたくしの命を狙っている者とは別の者でしょうか?」
「分からないけど、可能性は高いかもしれ――なああああああああ!?」
「お、お兄様? ――っえ!?」
話の途中で突然大声を上げたランタナにネモフィラが驚き、ランタナの視線の先を見て更に驚いた。何故なら、その視線の先では驚くべき光景が映っていたからだ。
「うむ。やはりここの料理は美味いのじゃ。素材だけならダンデ村も新鮮な野菜を使っておるから引けを取らぬが、やはりシェフが良いんじゃろうなあ」
などと感想を言いながら毒が入っている筈の料理を食べるミア。しかも、本当に美味そうに食べている。
「み、ミア……君は、毒に耐性があるのかい?」
「魔法で浄化しただけじゃ」
「な、なんだって……っ」
「凄い。ミアは本当に聖……こほん。特別な魔法が使えるのですね」
ミアが聖女である事は、お披露目会に参加した者と王族と天翼会の一部しか知らない事。だから、ネモフィラは聖女と言いかけて特別と言い直したわけだが、良い意味で意味が無い事だった。何故なら、ミアのとんでもない行動に、ネモフィラとランタナ以外のここにいる者全員が驚きすぎて話の内容が頭の中に入ってこなかったからだ。この場で平然として呑気なのは命を狙われたミアだけで、他の者は目を見開いて唖然としていたわけだ。そしてそれに気づき、ネモフィラがミアの側に寄って耳打ちする。
「ミアの魔法はとても素晴らしくて凄いですけど、あまり人前では使わない方が良いと思うのです」
「ふむ? どうしてなのじゃ? 使ったのが分からぬ程度であれば、気にせずとも良いと思うのじゃが? ワシの両親も兄上も気付かんかったのじゃ」
ミアの家族はミアが変人だと思っていただけで特殊な例なので参考にならない。とは言え、それをミアが知る筈もないので、それは普通だと思っている。だけど、ここではそうはいかない。
ネモフィラはミアの説明を受けても、しっかりと「それでもです」と言葉を続ける。
「わたくしもまだ世間知らずの身なので、今後も大丈夫なのかよく分かりません。でも、周りの侍女たちの顔を見る通り、料理の毒を浄化して食べるなんて普通はありません。いえ。ありえません。しかも、それをやっているのがわたくしと同じ子供だなんて、どう考えても普通ではないのです。ミアの素性を隠す為にも、どんな魔法でも滅多に人前では使うべきではないのです」
「そ、そうじゃな……」
ネモフィラの説得の効き目は抜群……と言うよりは、周囲の反応を見て頷いた感じのミア。ミアは油断していたのだ。だから、ネモフィラに言われてやっと気がついた。聖女と言う素性を隠すのだから、人前で簡単に魔法を使うべきではないのだ。
「しかし、参ったな。まさかフィーラだけでなく、客人のミアまで命を狙われるなんてね。ボルク、今直ぐ料理人の招集と、この事を国王に知らせてくれ」
「は!」
ランタナが自分の侍従に命令し、それを受けた侍従が直ぐにこの場からいなくなる。すると、驚いていた他の侍従たちも次々と動き始めた。その様子を眺めながら、ミアは呑気に食事を続けて、それを見てネモフィラとランタナが冷や汗を流した。
「ミアは変わった子だと思っていたけど想像以上だね。浄化したとは言え、まだ食事を続けられるなんて……」
「わたくしは食欲が失せてしまいました。とても喉を通りそうにありません」
「それは勿体無いのう。ワシが変わりに……と言いたいが、そんなには食べられないのじゃ」
「食べられるなら食べるつもりでいるのか」
呆れた様子でランタナが話すと、ミアはドヤ顔で「うむ」と頷いた。そんなミアの顔を見てネモフィラが目をパチクリとさせていると、そこへ国王と王妃が現れてドヤ顔のミアを見て安堵の息を吐き出した。
「ミアの食事に毒が盛られていたと聞いて慌てて駆けつけたが、心配は無用だったな」
「ええ。本当に無事で良かったです。ミア、私達の問題に巻き込んでしまってごめんなさい」
「気にするでない。ですのじゃ」
私達の問題とは、王太子候補の件についてだ。王太子候補の一人であるランタナではなく、ランタナと仲の良い末っ子の第三王女ネモフィラが命を狙われているので、その関係でミアも命を狙われた。王妃はミアが命を狙われた事を知ってそう考えたようだ。
「父さ……国王陛下、ボルクに料理人を連れて来るように命じましたので、間もなくここに集まる予定です」
「そうか。では、ネモフィラとミアは部屋に戻っていないさい」
「はい。お父様」
「ぬぬう。まだ食事の途中じゃし、料理を残すなんて勿体無いのじゃ。でも、仕方があるまい。分かったのじゃ。ですのじゃ」
ミアは少ししょんぼり顔で答えたが、その発言に国王と王妃が毒の入っていた料理を食べるつもりでいたのかと驚いて目を見開き、ネモフィラとランタナが冷や汗を流して苦笑した。




