聖女の前に現る馬鹿
妖人霊国モノーケランドには“妖狐山”と呼ばれるとても高い山がある。その山は日本の富士山よりも高く、観光スポットとして人気の場所でもあった。頂上には旅館と妖狐を祀る神社があり、年末年始はとても凄く賑わっている。日本で言う十二月の酉の月の最後の日に、ミアたちはこの妖狐山へとやって来ていた。
「ミア! ミア! 見て下さい! 妖狐山のマスコット妖狐ちゃんです!」
「おおおお! 可愛えのじゃあ!」
キャーキャーと大興奮のミアとネモフィラ。二人が目にしているのは、神社のお土産コーナーにある妖狐のデフォルメ化したイラストの髪飾りだ。一応この髪飾りは厄災を祓うお守りとして売られていて、女児の人気を集めている品物だ。
「うふふ。お城以外での年越しは始めてですけど、とても楽しいです。わたくし達の他にも沢山の人がいて、皆が年越しと初日の出を見る為に集まっているのですね」
「うむ。考える事はみんな一緒なのじゃ」
と言うわけで、妖狐山にやって来た理由はここで初日の出を見る為。そしてここに集まる人々も同じ理由。流石は和風な国だけあり、年越しと年明けに考える事も同じなのだ。
「やっぱり皆さんも今夜は寝ずに過ごして、年越しを迎えるのでしょうか?」
「ここに集まっておる者は明日の初日の出目的の者が殆どじゃ。途中で寝て肝心の初日の出を見れぬといかぬし、中には寝て年を越す者もおるかもしれぬのう」
「なんだか、わたくしもしっかりと起きていられるか不安になってきました。でも、寝ないように頑張ります」
ネモフィラが胸の前で両手でグッと拳を作り気合を入れる。そんなネモフィラにミアが笑顔を向けた時、視界に見知った人物が映り込んだ。
「む? あそこにおるのは……リリィ先生なのじゃ?」
「え? リリィ先生がいらっしゃるのですか?」
ミアの視界に映ったのは、天翼会のリリィ=アイビー先生。彼女は天翼会の制服ではなく妖服を着ていて、その隣には知らない猫耳の少女が立っていた。
「本当です。隣にいるのは……誰でしょう? ジャスミン先生では無いですね」
「うむ。それに精霊達もおらぬ。今は学園も冬休みに入っておる筈じゃし、友人と休暇を楽しんでおるのかのう?」
「そうかもしれませんね。挨拶しても大丈夫でしょうか? ……あ」
プライベートだったら邪魔をしない方が良いかもしれないと思い、ネモフィラはミアに挨拶をするかどうかを尋ねたけど、とくに気にする必要は無かった。直ぐにリリィもミアとネモフィラに気がついて目がかち合い、微笑んでから猫耳少女を連れて二人の許まで歩いて来てくれたのだ。
「二人とも久しぶりね。まさかこんな場所で会うとは思わなかったわ」
「うむ。リリィ先生お久しぶりなのじゃ」
「お久しぶりです。リリィ先生。お隣の方はリリィ先生のご友人の方ですか?」
「友人と言うか……」
リリィが友人では無いような表情で猫耳少女に視線を向ける。すると、猫耳少女は自信満々に胸を張ってドヤ顔になった。
「私はマモン! リリィ=アイビーの好敵手よ! 名前はマモンだけどモーナスとかモーナとか呼ばれているわ。好きに呼べ」
そう。この猫耳少女。なんとクリマーテを助けたカナと一緒にいた天翼会裏会員“暗部班”リーダーのモーナだったのだ。しかし、ミアやネモフィラ、それから侍従たちはそれを知らない。なんならクレスト公爵家がどの派閥にも入ってない事もあり、表に出て来ないモーナの存在すら知らなかった。だから、名前を聞いてもピンとこないし、本当に初顔合わせである。
そんなわけで、初めて会うモーナのノリが特殊すぎて、一同まとめて困惑したのは言うまでもない。
「らいばる……ですか?」
「友達じゃないのじゃ?」
「馬鹿だから無視して良いわよ」
「馬鹿じゃない! 私は最強だ! って、あああっ! 思い出した! お前聖――んぐっ」
モーナがミアに向かって勢いあまって聖女と言いかけて、リリィに手で口を押さえられて口を噤まれる。ミアは直ぐにその意味を理解して顔を青くさせ、ネモフィラはよく分からず首を傾げた。
「本当にごめんね。ミア。この子って本当に馬鹿なのよ」
「う、うむ。と言うか、何故知っておるのじゃ……? あ。まさか、天翼会のメンバーなのじゃ?」
「そうねえ……。ミアになら言っても問題無いわね。それに……。でも、話の続きは場所を移してからにしましょうか。その方がミアにとっても都合がいいでしょ?」
「分かったのじゃ」




