万能ポーション上級編
「さあさあ! どれでも好きなものを食べるといい! 今宵は宴だ! 存分に楽しもう!」
「海の幸がいっぱいじゃのう。ここから海が近いのじゃ?」
「そうか。其方等はブレゴンラスドから来た故に知らなかったのだな。ここから南東に馬で半刻程走れば海があるぞ」
万能薬を侍王に献上したその日の夜。ミアたちは城に呼ばれて、宴に招かれた。今夜は無礼講と侍王に言われ、チェラズスフロウレスの面々は全員が宴の席についている。だから、食事を運んだりの給仕をしているのは、全てモノーケランドの給仕係の者たちだった。
さて、この国で流行っていた伝染病はと言うと、ミアが一夜で完成させた大量の万能薬のおかげで驚くほど早く解決した。おかげで都でも今は祭りが開かれていて、皆が笑い合い、楽しい夜を過ごしていた。因みに、グテンの家族は無事で、カウゴと二人で休暇を貰ってグテンの家族と祭りを楽しんでいる。
「しかし、拙者も流石に驚いた。まさか為す術の無かった伝染病を、たったの一日で解決なさるとは。ミアは聞きしに勝るお方の様だ」
「うふふ。わたくしの自慢のお友達です。でも、あの事は本当に仰らないで下さいね」
「約束しよう。今だからこそ話すが、この国は滅びの一途を辿っていた。侍王様にはまだ後継ぎどころか伴侶すらおらん。故に侍王様がその命を落とせば、次代の侍王を決める為に大名達が争いを始め、戦国の時代が訪れていた事だろう。しかし、ミアのおかげでそうならなかった。全てミアのおかげだ。だから、決して裏切るような真似はしないと誓おう。大恩人に恩を仇で返すような事をしたくないからな」
「それを聞けて安心致しました。でも、わたくしには大名が争う必要があるのか分かりません。話し合えば良い事だと存じますけど、この国にはこの国の事情があるのですね。今のお話を聞いて少し驚きました」
「はっはっはっはっ。ネモフィラ王女には少し難しかったか。しかし、流石は王の血筋だ。某の言葉は年齢にそぐわぬしっかりとした意思を感じる」
「そうでしょうか? でも、それなら嬉しいです」
侍王の相手をミアがしているので、それを眺め乍らネモフィラとエンゴウが言葉を交わす。二人の視線はミアと侍王に向けられていて、とても穏やかな目をしていた。しかし、そんな二人とは違い、モノーケランドの給仕たちは困惑しながら仕事をこなしていた。理由は、ミアはネモフィラの近衛騎士としか知らされていないからである。つまりそれは、侍王がミアから聞いた薬の責任者と言う情報も無いもので、たかが近衛騎士が侍王と一緒に食事を楽しんでいる姿。いくら無礼講の席と言えど、そこには普通ならばネモフィラがいる筈の場所である。
給仕からすればネモフィラはチェラズスフロウレスの王女で、しかも薬を持って来てくれたこの国の救世主だ。ミアはあくまでその救世主の護衛で、普通の護衛と違うのは、隣国のブレゴンラスドで活躍した近衛騎士と言うだけ。この場で侍王の隣にいるには流石に無理のある立場だった。とは言え、侍王も楽しんでいるし、将軍のエンゴウも全く気にせずに楽しんでいる。国のトップと片腕がそれを良しとしているのだから、自分たちがそれに対して四の五の言う筋合いは無い。ついでに言うならば、チェラズスフロウレスの侍従たちまで気にしていない。だから、しっかりと給仕をして、困惑し乍らも深く考えないようにするしかないと言うわけだ。
「そう言えばワシ、お主の名を知らんのじゃ」
ミアが特に何も気にせずに、ふと思い出した事を口にした。すると、侍王はその言葉に驚いて、口に運んだ茶を吹き出してゲホゲホと咽る。そりゃそうなるわ。ってな感じで、マジで今更な事に気がついたミアである。
「そ、其方。まさか私の名前を知らなかったのか!?」
「うむ。侍王としか聞いておらぬしのう。ワシが名乗った時に名乗らぬお主が悪いのじゃ」
何とも失礼な発言。たまたま側にいた給仕が驚愕して目を見張り、侍王が怒ってミアを斬り捨てる姿が脳内に再生されて、身を震わせて思わず二人から距離をとった。しかし、そんな事は起こらない。侍王は自分の膝を叩きながら豪快に笑っただけ。
「ハッハッハッハッハッ! 相変わらず手厳しい。其方の言う通りだな。私が悪かった」
「うむ」
「いや。しかし、他国の王の名くらいは知っているのが普通ではないか?」
「興味が無いのじゃ」
「ハッハッハッハッハッ! 違いない。ミアはやはり聞きしに勝る大物だな。其方と話しているとつい忘れてしまうが、まだ幼子だ。興味無いのも当然か」
侍王は一頻り笑うとミアに体を向けて、穏やかな顔で言葉を続ける。
「私は妖園霊国モノーケランドを治める侍王テンシュだ。好きに呼べ」
「うむ。それならお言葉に甘えてテンシュさんと呼ぶのじゃ」
ミアと侍王改めテンシュが笑い合い、側にいた給仕が動揺しすぎて仕事が手につかずに硬直する。何ともまあお気の毒な給仕だけど、仕方が無い。いくら無礼講と言えど限度があると、ミアを宴の後にお説教するルニィママに免じて許して頂きたい所だ。因みにミアの作り出した“万能ポーション”は万能と言うだけあり、翌日に侍王や将軍や民を苦しめた二日酔いにもよく効いたと言うのは、また別の話である。




