侍女の旅路(5)
魔王城の牢獄送りになったクリマーテは、ショックを受けて肩を落とす。戦争を止めるのを手伝うと決めた時から、何が起こってもいいようにと最悪の場合は死ぬ覚悟すらしていた。でも、いざ捕まってしまうと、やはり恐怖の感情は生まれてしまう。後悔はしないけど、それでもこの先の自分がどうなるのか分からず、怖くて仕方が無かった。
「クリマーテさん。こんな事になって本当にごめんなさい」
「カナお嬢様……」
カナが頭を下げ、クリマーテは不安な感情が顔に出ていた事を反省し、微笑んだ。
「頭を上げて下さい。カナお嬢様のせいではないですし、手伝うと言ったのは私です。だから、謝る必要なんて無いです」
「ありがとう。クリマーテさん」
カナが顔を上げて、クリマーテと微笑み合う。うじうじなんてしていられない。戦争を止めるのを手伝うと決めたのだから、最後まで諦めるべきでは無い筈だ。とクリマーテは考え、そして、気持ちに余裕が生まれると一つ疑問を抱いた。
「そう言えば、何で魔王はフラウロスの言う事を真に受けたのでしょうか?」
「あいつがこの国出身で天翼会のメンバーだったからじゃないか?」
「それもあるだろうけど、フラウロスは確か王家の血縁者だったと思います」
「王家と血縁関係があったのですか……? 納得しました」
カナが説明した通り、フラウロスはディアボルスパラダイスの王家の血縁にある。彼女がこの国に逃げたのは、それも理由にあったのだ。この国であれば、身を潜ませるには十分な程の地位や人脈があるのだから。
「しかし、困ったな。この牢屋は魔法と能力と魔装の力が効かないんだ」
「え? それって結構すごくないですか?」
「博士の特別製ですからねえ」
「博士? 博士って、あのジェンティーレ様ですか……?」
「はい。天翼会が所持している物の試作品なんですよ。これ。だよね? モーナ」
「そうだな。魔人の国出身の私がチェラズスフロウレスの裏会員になる条件としてあげたやつだ」
「それはまた……」
モーナの説明にクリマーテが冷や汗を流すと、カナが「ホント最悪ですよね」とため息を吐き出した。
「あまり使いたくない手だったけど、アレを使うか?」
「アレって……失礼でしょーが。でも、そうだよね。頼るしかないか」
「アレ……? 頼る……?」
クリマーテが首を傾げると、カナがニッコリと微笑む。
「こんな事になっちゃったけど、一先ず身の安全だけは保証します。そこは心配しなくて大丈夫です」
「え?」
「奥の手が残ってますから」
「奥の手……?」
カナがニヤリと浮かべた笑みを見せ、そして、モーナに近づいて肩に手を置く。
「こんな話は聞いた事がありませんか? 天翼会には“暗部班”と呼ばれる裏会員がいて、その会員達は表で正体を知られないように、天翼会の会員である事を隠しているって」
「……? 初めて聞きました。でも、なんで今そんな話を……?」
クリマーテが困惑しながら尋ねると、カナがニコッと笑い、モーナがドヤ顔で胸を張った。
「天翼会裏会員“暗部班リーダー”マモンの名において、リリィさんに救援要請を送ります」
「えええええええっ!?」
「任せろ。それ用の魔道具を常に――」
「あら? 思ったより元気そうじゃない? マモン」
不意に聞こえたフラウロスの声。振り向けば、牢の前にはフラウロスが立っていた。
「――っお前!」
「少し手こずってしまったけど、漸く準備が整ったわ」
「何の話だ! そんな事よりここから出せ!」
マモンが怒鳴ると、フラウロスは余裕の笑みを見せながらそれを無視し、クリマーテに視線を移す。そして、底冷えするような気味の悪い笑みを浮かべた。
「私のアンスリウムを取り戻す為に存分に利用してあげるわ。さあ、行きましょう。聖女の侍女さん」




