天才と変人の境界線は難しい
聖女とは。
聖女とは、昔この世界を災いから救った少女である。災いとは魔物の襲撃や天変地異による災害などを指している。聖女はそれ等全てから人々を護り、世界に恵みをもたらした。汚れきった毒の海が浄化され、砂漠に雨が降り、枯れ果てた大地に命の芽が息吹く。緑が甦り、世界に平和を取り戻した。しかし、聖女はいつしか姿を消し、二度とその姿を見せる事は無かった。
◇◇◇
「以上が、我々の先祖を救って世界に平和をもたらしてくれた聖女様になります」
前回に引き続き勉強中。今は聖女について学んでいた。と言っても、これは常識として知られているので、学ばなくても誰でも知っている事だった。にも関わらず、ミアは計画の事をすっかりと忘れて真面目に授業を受けている。やはりミアはアホだけど真面目だった。
「ヘルスター先生、質問なのじゃ」
「はい。なんでしょう?」
「聖女の話をすると必ず出てくる魔物の襲撃を聞くといつも思うのじゃが、魔物は基本人の住む場所には降りて来ん。もし人里にくるような事があった場合は、人が何かしらの害を魔物に与える事をしでかした時じゃ。昔はそうでは無かったのか?」
「なるほど。よい質問ですね。それについては歴史を学ぶ必要があるのですが……そうですね。少しだけ先に勉強しておきましょう」
ミアの質問が嬉しかったのか、ヘルスターはニッコリと笑みを浮かべて言葉を続ける。
「我々が生きるこの時代は平穏が守られていますが、昔はそうではありませんでした。魔人が魔物を操り、他種族を滅ぼそうと何百年何千年と争いが続いていたのです」
「魔人が……? 信じられません。魔人の国王様が治めている国はあんなにも穏やかなのに」
「おお。フィーラはやはり王女様じゃな。他国に行った事があるのか?」
「はい。お披露目会をした後に、一度お父様とお母様に連れて行ってもらいました。皆さん良い人ばかりで、お友達だって出来たのですよ」
「それは良かったのじゃ」
ネモフィラとミアがニコニコと笑い合う。すると、ヘルスターが一つ咳払いをして二人の注目を集めてから、話を続ける。
「教材などにはあまり載ってはいませんが、聖女の物語に出てくる魔物と言うのは、魔人を含めた“魔族”を指しています。理由はもちろんあります。これ等は魔人にとって負の歴史として扱われているのもあり、そんなつまらない事で争いが起こってもいけません。ですので、現代では“魔物”とだけ記されているのです」
「なるほどのう。流石にワシもそこまでは知らなんだ。勉強など意味が無いと思っておったが、案外してみるのもありじゃな」
「おや。ミア様は勉強がお嫌いでしたか?」
「そうではないのじゃ。ワシは独学で色々と学んでおったから、今更する必要もないと思っておったのじゃ」
「ほう」
「ミアは自分一人だけで勉強していたのですか?」
「うむ。と言っても、所詮は田舎村の図書館などで学べる程度じゃ。今の話を聞いてワシが分からなかった様に、色々と程度が知れておるかもしれんのじゃ」
ミアがそう言って苦笑すると、丁度その時に午前の授業終了の鐘が鳴る。すると、ヘルスターは驚くほどに切り替えが早く、一言「授業を終わります」と告げて直ぐに部屋を出て行った。
「随分と早く出て行ったのう」
「うふふ。いつもあんな風なんですよ。お話の途中でも鐘が鳴ると直ぐ出て行くんです。よっぽどお腹が空いているのですね」
「そう言えばお腹が空いたのじゃ」
と言うわけで、今からお昼ご飯の時間である。でも、まだ昼食を直ぐには食べに行かない。ミアとネモフィラは勉強道具を片付け始める侍従たちを見ながら、話しの続きを再開する。
「それにしても勉強を一人でしていたなんてミアは凄いですね。わたくしはお母様にもお父様にもお披露目会が終わってからと言われていたので、それまではただ遊んでいただけでした」
「それが普通じゃと思うぞ。ワシが暮らしておったダンデ村の他の子等も勉強などしておらんかった。そもそも、貴族ですら学園に行ってから勉強をするもんじゃからな。学園に向けて勉強をするなぞ、王族くらいしかせぬのではないか?」
「はい。ミアはよくご存知なのですね。本来は貴族でも学園前の勉強なんてしません。でも、サンビタリアお姉様が学園で経験した事を参考にして、王族は勉強をしてから学園に通った方が良いとなったのです。だから、わたくしも王族として恥ずかしくないようにと、それで勉強をするようになりました。ミアはいつから勉強をしていたのですか?」
「ワシは気づいた時にはしておったから、物心がつく頃じゃな」
「凄いです!」
ミアの言葉にネモフィラがとても驚き目を大きく開けた。そして、それはネモフィラだけでは無かった。側で二人の話に耳を傾けていた侍従たちも驚いて、ミアをギョッとした目で見た。だと言うのに、ミアは「母上たちには変な子扱いされとったのじゃ」とケラケラと笑っている。
尚、実際にミアが勉強をしていたのは生まれて直ぐである。なにせ転生者で生まれた時から記憶があるので、体が上手く動かなくても意識だけはハッキリしていたのだ。ハイハイだって人より遥かに早かったし、今更ながらの話だが、ミアの両親はとんでもねえ変人が生まれたと当時は思っていた。とまあ、そこで“天才”ではなく“変人”と言う発想になるのがミアの両親であり、ミアが今まで優秀な才能を隠し通せていた理由である。だからこそ、一人称が“ワシ”でも、口癖で語尾に“じゃ”をつけても、口調がお爺ちゃん臭くても、両親はとくに気にしなかったのだろう。
「さて、お昼ご飯の時間じゃな。昨日の晩飯も今朝の朝食も随分と美味かったし、楽しみなのじゃ」




