へっぽこ教師
王城内にあるお茶会用の子供部屋。普段は友人を招く際に使用する部屋で、ミアとネモフィラとリベイアが仲良くお茶を楽しんでいた。のだけど、そこへランタナが慌てた様子でやって来て、ミアたちに情報をもたらした。
「クレスト公爵家の令嬢がクリマーテを連れて魔人の国に行ったじゃと!? 本当なのじゃ?」
「ブルーガーデンにいる私の派閥の者から連絡がきたんだ。ちょっと……目立っていたみたいだから」
「目立っていた……のじゃ?」
「……その、リベイアにも関わる事なんだよ」
「私に関わる事ですか……?」
「うん。実は……」
ランタナが受けた報告によると、クレスト公爵の令嬢カナ=H=クレストは護衛騎士の男を一人と猫の獣人を一緒に連れていた。それだけであれば、クレスト家の関係者だけなので特に気にする事もなかったのだけど、連れていたのはそれだけじゃなかった。その他にも騎士団団長ベネドガディグトルとミントの父メグナット公爵、それから、リベイアの父レムナケーテ侯爵も一緒に連れていたと情報が入ったのだ。それぞれ派閥の違う貴族や騎士団の団長が一緒に歩いていたので、情報提供者からすれば何かあったのかと目に映り、かなり印象に残る集団だったようだ。
「私のお父様が一緒に……?」
「でも、拘束されていたわけでは無いようだよ」
ランタナが話した通り全員拘束されていたわけでは無い。強制されていたわけでは無く、しっかりと自分の意思で行動していた。ただ、目的は分からない。王都と違い、港町ブルーガーデンは影響がまだ出ておらず平和で、それもあってこの集団が目立っていただけ。だから、誰の目にも留まって記憶に残っていた。
しかし、これはミアたちにとって、とても大きな情報だった。現時点ではこの情報で「それなら魔人の国に迎えに行こう」なんて事にはならないけれど、少なくとも全員が無事なのだ。とは言え、リベイアは父親が拘束されて牢に入れられていた事を知らない。色々とあってまだ家にも帰っていないので、助けられた事も知らなかった。だから、父親が王都からいなくなっていて、ミアの侍従と一緒にいる事に少しばかり驚いていた。正直何から疑問を持てばいいのか分からないような状態だ。
「クリマさんが無事なようで安心したけど、何で魔人の国に向かったのかが気になるのう」
「そうだね。でも、魔人の国に向かったとは聞いたけど、正確には魔人の国がある方角に向かった。と言う話らしい」
「ふむ。であれば、必ずしも行ったわけでは無いのかもしれぬのか……」
「ああ。だから、もう少し情報を集めるようには伝えたよ」
「それは助かるのじゃ。何処にいるか分からぬ限り、ワシも迎えには行けぬしのう」
「ミアは迎えに行くつもりなのですか?」
「うむ。アンスリウム殿下の件が落ち着いたし、安心して迎えに行けるのじゃ」
「ふふふ。そうですね。クリマーテもミアが迎えに行けば、きっと喜びます」
ミアとネモフィラが微笑み合い、それを見てランタナも微笑んだ。けど、リベイアだけは冷や汗を流した。何故なら、主人であり聖女様のミアを迎えになんて来させたら、クリマーテが驚きとショックで気を失うのではと心配したからだ。立場を考えれば、ミアがわざわざ迎えに行くのは、クリマーテからすればあまりにも恐れ多い事だった。
「ああ。後それから、さっき天翼会……と言うよりはジャスミン先生から連絡も受けたよ」
「ほう。と言う事は、トンペット先生とラーヴ先生は帰られたのじゃ?」
「そう言うわけではないみたいだよ。城の中で見かけたって侍従達が話してたからね」
「ふむ。まあよい。それで、ジャスミン先生からの連絡と言うのは何だったのじゃ?」
「アンスリウム兄さんと結託していた天翼会の会員がいたのは本当だったらしい。でも、逃げられた」
「なんじゃと?」
「逃げられたのですか……?」
「うん。それが……」
ランタナが何やら言い辛そうな表情を見せ、ミアとネモフィラが訝しむ。すると、突然部屋の扉が開かれて「私が説明しよう」と告げ乍ら何者かが入ってきた。そしてその人物は、ミアのよく知る人物だった。
「ジェティ!?」
「久しぶりだね。ミア。それからネモフィラ王女も。そっちの彼女はリベイアだったかな?」
「お久しぶりです。ジェンティーレ先生」
「は、はい。リベイア=レムナケーテです」
「ジェティ。何でお主がここにおるのじゃ?」
「もちろんミアに会いに来たのよ」
「ミアに会いに!?」
質問にジェンティーレが冗談っぽく答えると、ネモフィラが驚いてソワソワしだして、ミアが胡散臭いとでも言いたげな顔になる。
「で? 本当の目的はなんじゃ?」
「今はそれよりも話の続きよ」
「むう……」
「アンスリウム王子に魔装を不正に渡していた奴が逃げた理由は、トイレよ」
「トイレ……なのじゃ?」
「そう。トイレ」
まったく意味不明な理由。その理由に、ミアは……いいや。ミアだけでなく、ネモフィラもリベイアも目を点にして困惑した。そして、三人は知る。その全貌を。そのくだらなさを!
「捕まえた後にお腹が痛いって言われて、トイレに連れていってあげたら、待っている間に逃げられたのよ」
「え、ええええええ…………」
お子さま先生ことジャスミンのへっぽこぶりに、全員が冷や汗を流して困惑した。




