驕りの王様(2)
春の国チェラズスフロウレスの第一王子として生まれたアンスリウムは、国王である父ウルイに甘やかされて育てられた。そして、アンスリウムは姉のサンビタリアやアネモネよりも優れた才能を持ち、魔力量も申し分ない子だった。五歳のお披露目会を迎える頃にはその才覚が芽を出していて、騎士団をも圧倒するだけの力を持っていた。
まさに天才。王として相応しいと周囲からもてはやされ、次々と信仰者を増やして派閥が大きくなっていった。しかし、そんな優秀な彼でも人をまとめ導く力は欠如していたし、甘やかされて育てられたからか自己中心的な性格をしていた。そしてそれは国を治める者として大きな欠点となり、サンビタリアにそれ等を指摘されて王太子から候補へと格下げされてしまう。
「姉上は俺に嫉妬している! 無能の癖に忌々しい! 許される事じゃない! 俺を誰だと思ってるのだ! この国を背負う王になる男だぞ! そんな事も分からないなんて、生きる価値の無い屑だ!」
当時のアンスリウムは落ち込まず、ただただ姉のサンビタリアを憎んだ。元々自己中心的だったアンスリウムだが、本質の黒い部分が表に出たのはこれが初めての事だ。そして、実の姉であるサンビタリアを殺そうと企む。しかし、それは当時から付き合いがある親友のレドックに止められた。どんな相手であろうと、殺してしまえば罪になってしまう。と。そして、二人で考えた。邪魔な奴を殺す為には、どうすれば良いのかと。幼いながらも、アンスリウムは既に狂っていたのだ。
それから年月が流れて、サンビタリアの無能ぶりにアンスリウムも心を落ち着かせて、結局王太子になって王になるのは自分だと確信する。だから、命を狙うのもやめた。が、サンビタリアよりも強力なライバルが現れてしまう。
「なんなのだ。ネモフィラが何故あそこまで民から人気が出ている? 忌々しい。この国の王になるのは俺だと言うのに!」
アンスリウムの黒く悍ましい感情を甦らせたのは、ネモフィラの存在だった。しかし、それに気がついたのは天翼学園に入学してからで、直接ネモフィラを殺す事のリスクの大きさも分かっていた。だから、レドックと共にネモフィラを殺す方法を考える。更には信頼出来る派閥の者を集めて、自分の駒として動かした。
結果として、ネモフィラは何度も命を狙われ続ける事になった。ただ、アンスリウムは学園にいて、休日に城に帰って来ても留守にしていた間に溜まっていた王太子としての勉強で忙しい。その為、派閥の者に暗殺を任せっきりな状態が続き、聖女の登場で遂にはその暗殺が成功する事が無く終わる。
「聖女ミア=スカーレット=シダレ……か。俺が使う魔装【天命の禁辞書】で繰り出す光の裁きの上位にあたる“聖魔法”を使うガキ。これまた忌々しいのが出てきたものだな」
「私には信じられません。まさか、あのような子供が聖女などと。きっと何かの間違いでしょう」
「当然だ。しかし、間違いであっても、あのガキが聖魔法を使えるのは事実だ。俺の目の前で食事の毒を浄化してみせたのだからな。既に天翼会には報告してあると聞いた。今後は下手な事は出来ない」
「害を及ぼせば国に被害が及ぶ……と?」
「国だけならまだいい。無能な連中が消えるだけだ。だが、俺は神に等しい存在だ。その俺を奴等は消そうとしかねない」
「まさか……」
「そのまさかがあり得るのが天翼会の連中だ。奴等は神の力を持つ俺の存在の有り難さに気がついていないのだからな。しかし、それは今はいい。まずはあのガキの様子を見て、どう扱うかを決める。スノウや他の者には暫らく黙っておくつもりだが、そうだな……レドック。何人かにはお前が教えておけ。但し、知らぬフリをしろとも伝えろよ?」
「アンスリウム様の仰せのままに」
ミアの登場はアンスリウムにとって予想外の出来事で、ネモフィラの命を奪う事も控えさせた。しかし、それでも行動に移す者は出てくる。ヘルスターがまさにそれだ。彼は己がアンスリウム派である事を隠してアネモネ派だと偽り、ネモフィラの命を狙ったのだ。と言っても、それもミアに呆気なく止められてしまったわけだが。
時が流れて、アンスリウムはミアを婚約者にと考えた。しかし、それもミアのサンビタリアを再び王太子候補にすると言う提案で有耶無耶になり、アンスリウムが抱えるストレスは限界を超える。
「ブレゴンラスドの王妃スピノと連絡を取る。結婚式を利用して、全員まとめて始末してもらおうじゃないか。聖女も含めてな」
「聖女も……? よろしいのですか?」
「ああ。ブレゴンラスドがミアを聖女だと知らずに殺す分には問題無い。あのガキは王になる俺を拒み聖女の名を汚した罪人だ。あのガキの存在に価値などない」
「仰る通りかと存じます。ですが、万が一にも殺せず、計画を知られれば……」
「心配するな。奴は甘い。あの無能なサンビタリアを殺さずに生かしたほどにはな。俺が計画を考えたと知っても、どうにもならんさ。くだらん提案で許されて終わりだ」
アンスリウムはミアの甘さを含めて、自分は大丈夫だと慢心していた。聖女のミアは身内には甘く罪を軽くしてくれるだろうと、余裕を見せていた。どれだけ傷つけようが、自分は罪に問われないような扱いを受ける。だから、本気でミアを殺そうとしても、絶対に自分は助かるのだと信じていた。アンスリウムはミアを憎みながらも、自分を甘やかしてくれると心の何処かで都合よく期待していたのだ。
しかし、現実は甘くない。そう。甘くないのだ。
「これこそが、神の裁きだ!」
そう言ってアンスリウムが魔装で光の剣を放った直後に床に倒れていたのは、両肩と両足を撃ち抜かれたアンスリウムの姿だった。
「……え?」




