海上決戦
「もう! しっつこいわね! なんなのよアイツ!」
「ご、ごめんなさ……いっ――っひぅ」
サンビタリアが叫んでミントが謝罪すると、丁度その時に砲弾が船に命中して揺れる。甲板に一部穴が開いたが、一先ずそれ以上の被害は無い。被害が出る前に、騎士たちが魔法で防いだからだ。とは言え、まだまだ安心が出来無い状況。
追って来ているのは騎士艦隊の騎士艦十隻と、海を高速で泳ぐ魚人の騎士だ。サンビタリアたちが乗っている船は、ブレゴンラスドから借りた王族仕様の強化船。およそ百五十ノット近い速度が出せる優れもの。時速で例えるならば、約二百七十キロもの速度で進む事が出来る。船にしてはとんでもない速さで、だからこそ、まだ逃げる事が出来ていた。しかし、今現在一番異様なのは船の速さでは無く、海上騎士団に所属している魚人とヒューマンのハーフたちだ。彼等の泳ぐスピードは凄まじく、この速さで進む船にピッタリと離されずに距離を保っている。そして、自分たちの船が離されない為に海流を作り出しているのだ。
「サンビタリア。ここは危険だ! お前も船の中に入るんだ!」
「冗談! お父様! 今ここにいる中で、私が一番あいつ等と対等に戦えるのよ! 船の中に隠れている場合ではないでしょ!」
「しかし、お前は王女だ! 戦いは騎士に任せれば良い!」
「そんな事を言って――っ! ほら来た!」
ウルイがサンビタリアを説得して船の中に避難させようとしていると、そこへ海の中からアンスリウム派の騎士が飛び出して甲板に乗った。だけど、これは初めての事じゃない。何度も繰り返されていて、その都度サンビタリアが侍従のツェーデンと一緒に追い払っていた。しかし、残念ながら味方の騎士たちでは歯が立たず、サンビタリアとツェーデンに頼るしかない現状なのだ。ウルイはそれでも諦められなかったが、今は納得出来なくてもサンビタリアに任す他無いと決断するしかなかった。だけど、せめて兄の事が心配で甲板に残っているミントを連れて船の中に行こうと、ミントに話しかけて手を伸ばす。しかし、その時だ。背後から背中に強い衝撃を受け、ウルイは目の前が一瞬で暗くなってその場に倒れた。
「お父様!?」
「おいおい。その汚い手で私の妹に触れられては困るなあ」
「――っモヒート! よくも!」
ウルイを攻撃したのはモヒート。彼はいつの間にか甲板にあるハンドレールの上に乗っていて、ゴミでも見るかのような目をウルイに向けていた。そして、その手には血がベッタリとついた魔装があった。
モヒートの魔装は槍と言うよりは銛の形をしていて、名を【魚人の牙】と言う。水中で投擲すると加速して進み、それは音速を超える速度となる。しかし、厄介なのはそこではない。この魔装が厄介なのは、まるで意思を持っているかのように追尾して来る事だ。それは水中だけでなく、投げればどこだろうと必ず狙った獲物を追い続ける。水中で無ければ加速はしないが、それでも時速二百キロは超える速度だ。そして、獲物を刺すと、持ち主であるモヒートの許まで戻るのだ。
ウルイを背後から攻撃したのはこの魔装だった。
「きゃああああああああああ!」
ウルイの背から大量に流れ出す血を見てミントが叫び、ツェーデンが慌てて騎士を呼んでウルイを運び出そうとする。が、その騎士たちも一瞬で刺され、次々に倒れていった。
サンビタリアは父親に駆け寄りたい気持ちを抑えて、目の前の敵モヒートを強く睨んだ。
「随分とやってくれるじゃない。ここまでされたからには、私もあなたに手加減なんて出来ないわよ」
「ハハハハハッ。笑わせてくれる。どうやら、自分の実力を分かっていないようだ。お前は手加減する側では無く、私に媚びて手加減をしてもらおうとする側だ。勘違いするなよ? 無能な元王女」
モヒートが下卑た笑みを浮かべて、サンビタリアに向かって魔装を投げる。サンビタリアはそれを防ごうと魔法で目の前に岩の盾を作り出したけど、モヒートの魔装は真っ直ぐには進まなかった。意思を持つようにカーブして岩の盾を横切ったのだ。サンビタリアは決して油断していたわけでは無い。しかし、計算が甘かった。直前で岩の盾を出せば、攻撃を防げると思っていたのだ。だからこそ、自分の魔法で自分の首を絞める結果になってしまった。
「――っ!」
岩の盾で目の前が見えなくなったサンビタリアは、モヒートの魔装が曲がった事に気づけず、気がついた時にはその距離は既に僅か数センチの距離だった。サンビタリアが魔装に振り向いた時、目の数センチ先に銛の切っ先があり、サンビタリアはこの一瞬で己の死を予見した。
ミントが震え上がりツェーデンが手を伸ばして叫び、モヒートが下卑た笑みを見せる。誰もがサンビタリアが死ぬだろうと思った瞬間だった。しかし――
「不敬がすぎるのじゃ」
「――っ!?」
――不意に聞こえたミアの声。気が付けば、モヒートの魔装は撃ち抜かれて機能を失い、地面に落ちている。そして、モヒートも額に白金に輝く光の弾丸を受けていて、白目を剥いて甲板に倒れた。更には、ウルイや騎士たちの傷がいつの間にか治っていた。
「ミア!?」
「サンビタリア殿下。助太刀に参ったのじゃ。ミントも無事で良かったのじゃ」
「ミア様……」
(うぅ……素敵すぎます! 流石は王子さまです!)
ミアのあまりにもかっこいい登場の仕方に、ミントは興奮して、白目を剥いて倒れている馬鹿兄貴の事なんてどうでも良くなっていた。




